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2022年6月19日行われるドリームマッチ『THE MATCH2022』で、YA-MANさんと芦澤竜誠さんとの対戦が注目されていますね。
対戦カードの発表が行われた際、会場で2人が5分間の乱闘劇となり、YA-MANさんは後頭部を机で殴打し、出血する騒ぎとなりました。
そんなYA-MANさんはどんな生い立ちなのか、気になる人も多いと思います。
そこで今回の記事では、
・YA-MANの母親父親
・YA-MANは一級建築士
の3つのポイントに沿って、YA-MANさんについて、ご紹介したいと思います。
YA-MANの生い立ちが壮絶!
出典元:Instagram@ya_mankick
YA-MAN(本名:杉山怜)さんは、埼玉県富士見市の出身で、1995年5月31日生まれの現在25歳です。
YA-MANさんは幼い頃から、荒れた環境で育っています。
父親は服役していて家におらず、母子家庭で育ちました。
しかし、父方の祖母は年商10億円の会社経営者だったため、そこから3000万円の養育費が振り込まれました。
ところが大金を預けた母親の両親が、大金を持ったまま行方をくらませてします。
YA-MANさんは、高校2年生の時までは喧嘩三昧の日々で、気が付けば富士見市内ではYA-MANさんに喧嘩を売る者はいなかったそうです。
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ストリートファイトの戦歴は20戦19勝1敗で、この1敗は埼玉県下で最も強いといわれる中学生に敗れています。
完敗を喫した相手は、身体はYA-MANさんより遥に大きかったそうで、YA-MANさんは「その時は喧嘩がヤバかった。唇に穴が空いて、そこから飲んだ味噌汁が漏れていた」と、話しています。
周囲の人間からは、「よく裏稼業に進まなかったな」と感心されたそうです。
そんなYA-MANさんが高校2年生の時に、転機がやってきます。
次ではYA-MANさんの父親と母親について、見ていきたいと思います。
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YA-MANの母親は病で父親は服役!?
出典元:Instagram@ya_mankick
YA-MANさんの父親は違法薬物で服役していたため、母親が女で一つでYA-MANさんと兄を育ててきました。
父親の対してYA-MANさんは、「クスリ(違法薬物)をやる人はマジで無いなと思ってました。そのせいで、結構大変な思いをしたので。何でこんな思いしないといけないのだろうって…。」と語っています。
母親は、看護師をしながらスナックを経営し、兄とYA-MANさんを育ててきました。
その母親は、YA-MANさんが高校2年生の時に、ガンを宣告されます。
YA-MANさんは、「母親が死んでしまったら、この先、俺はどうやって生きていけばいいのか」と不安が募ります。
この事をきっかけにYA-MANさんは喧嘩を辞め、必死で勉強し大学へ進学しています。
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大学を卒業して就職するか、キックボクシングの道に進むか悩んでいた時、周囲が反対する状況でも、母親が「自分が好きな道を」と、背中を押してくれたそうです。
YA-MANさんの母親は、埼玉県富士見市にあるみずほ台駅近くで、スナック『Allure(アリュール)』を経営しているようですが、コロナの影響を受け、大変な状況になっているそうです。
一方、父親はやはり反対したそうで、YA-MANさんは「子供の将来を思っての反対」であると理解しながらも、「父親には『見たか!ボケ!』と言ってやりたい」と話しています。
YA-MANさんは大学を卒業していますが、決して楽な道ではなかったようですね。
次ではYA-MANさんの大学と一級建築士について、見ていきたいと思います。
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YA-MANは大学卒で一級建築士?
出典元:Instagram@ya_mankick
YA-MANさんの通っていた高校は、地元でも底辺の偏差値35くらいで、高校時代は野球をしていました。
YA-MANさんは「野球で食っていくんだ!」と思っていたのに、高校2年の時にやめてしまいます。
そんな時に母親の病が発覚し、喧嘩をやめ「とりあえず勉強しよう」と、やればできると信じたそうです。
しかし、高校2年の冬に受けた最初の模擬試験では偏差値25だったようで、YA-MANさんは「見たことあります?偏差値25。俺こんなにバカだったんだ。」と当時を振り返っています。
母親に楽をさせたいと思ったYA-MANさんは、周囲の人間でお金持ちの人の多くは建築関係であることに気づきます。
「将来は自分の建築の会社をやろう」と思い立ち、大学は建築学科に進み、一級建築士の資格をとることを決心しています。
とはいえ、偏差値25からの再スタートは容易ではなく、英語はABCからやり直しで、建築学科志望の為、中学生の数学から勉強し直しています。
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高校3年生の冬の模擬試験では、偏差値50に上がり勉強の成果が現れます。
しかし、大学の受験料(1願書・3万円)の問題が立ちはだかり、母親に負担はかけたくないからと、YA-MANさんは塾と受験費用は解体のバイトをして、半分は自分で払ったそうです。
志望校も2校に絞り、YA-MANさんは最終的に、東海大学建築学科に無事合格をしています。
YA-MANさんは大学で学生キックボクシングと出会い、東京のTARGET SHIBUYAに入会。
その時、宮城大樹会長が本名の『杉山』から、「今日からお前はYA-MANだ」と命名したそうです。
YA-MANさんは、2018年2月にデビューし、2018年11月の『RISING ROOKIES CUP』フェザー級で準優勝をしています。
無事一級建築士試験資格も取れて卒業することが出来ました。
— YA-MAN (@ya_man_shibuya) March 26, 2019
沢山の事を学ばせて頂きました。
女手一つで大学まで通わせて貰った母には感謝。
キックボクシングの道に進んだことが親不孝にならないように頑張ります。 pic.twitter.com/hCbdF7YDfm
そして、YA-MANさんは一級建築士の資格も取得し、2019年3月に無事に大学を卒業しています。
大学卒業後、サラリーマン生活をしていた時期があるようですが、OFG(オープンフィンガーグローブ)マッチを機に、ジムで働きながら練習に専念し、一気に頭角を現し注目を集めています。
いかがでしたでしょうか?
今後も益々の活躍が期待されるYA-MANさんを、引き続き注目していきたいと思います。