朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルは誰?出身や経歴をご紹介!

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2021年11月1日から、朝のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が放送されますね。

朝ドラ「カムカムエヴリバディ」は、昭和から令和の3つの時代を、ラジオの英語講座を共に生きた祖母・母・娘の3世代に及ぶ家族の心温まるコメディードラマです。

その朝ドラ「カムカムエヴリバディ」は、モデルになっている人はいるの?と気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルは誰?
・朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルの出身や経歴は?

のポイントに沿って、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルをご紹介していきたいと思います。

朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルは誰?


引用元:wikipedia


朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルになっている人物は、NHKのアナウンサーだった平川唯一(ただいち)氏です。

当時、ラジオの英会話講座の講師をしており、「カムカムおじさん」の愛称で親しまれていました。

平川唯一氏は、1945年~1951年までラジオ番組「英語会話(別名:カムカム英語)」を担当し、人気を博した人物です。

それでは、次で平川唯一氏を詳しく見ていきたいと思います。

朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルの出身や経歴


引用元:Pixabuy


朝ドラの「カムカムエヴリバディ」のモデルとされる、平川唯一氏の出身地や経歴を、順番にご紹介していきたいと思います。

平川唯一氏の出身は?


引用元:Pixabuy


平川唯一氏は、1902年2月13日生まれの岡山県津川村(現・高梁市)の出身で、1993年8月25日、93歳でお亡くなりになっています。

平川唯一氏は、農家の次男として生まれており、津川尋常高等小学校高等科を1916年(当時14歳)で修了し、実家の農作業の手伝いをしていました。

しかし、1918年(当時16歳)にABCも知らない平川唯一氏は、兄と一緒に、数年前からアメリカに出稼ぎに行った父を頼って、渡米をしています

渡米後、平川唯一氏は、アメリカ・オレゴン州ポートランドで線路の作業員などで働き、その後にシアトルへ移り、日本人が経営する商店で半年間勤務をしています。

太平洋戦争前に、渡米ができる環境があったことが、すごい事ですね。

次では、平川唯一氏の経歴を見ていきたいと思います。

平川唯一氏の経歴がスゴイ!

平川唯一氏の経歴を、アメリカ時代と日本帰国後の順番に、ご紹介していきたいと思います。

アメリカ時代


引用元:Pixabuy


平川唯一氏は、1919年(当時17歳)に英語を勉強するために、高級住宅街のアメリカ人家庭にスクールボーイ(書生)として、住み込みを始めています。

そして、平川唯一氏は、スウェード小学校に入学するも、飛び級で進級し、3年で卒業をしています。

その後、ブロードウェイハイスクールを4年間で修了し、ワシントン大学へ入学しました。

ワシントン大学では、当初、物理学を専攻していましたが、演劇に変更しており、1931年(当時29歳)に演劇科を首席で卒業して文学士となっています。

苦学生活に感じる12年ですが、平川唯一氏は、

子供時代に農家で苦労した身には、昼間は学校に行かせてもらい、帰ってから部屋の掃除をし、夜は夕食の片づけを済ませたら自由に勉強ができる生活は、「苦学というより楽学でした。」。

引用元:wikipedia

と、語っていたそうです。

さらに、ロサンゼルスにあるSt.メリーズ教会で副牧師になっており、日米文化の伝達に努めてきました。

平川唯一氏は、教会で知り合った東京神田出身の滝田よねさんと、1935年(当時33歳)で結婚をしています。

さらに平川唯一氏は、俳優・Joe Hirakawaとして『マダム・バタフライ』や『ダイヤモンド島の謎』といったハリウッド映画や小劇場などにも出演していたそうです。

日本帰国後


引用元:ごきげんパパの秘蔵コレクション


平川唯一氏は、1936年(当時34歳)で日本に帰国をしています。

その後、平川唯一氏は、NHK英語放送のチーフアナウンサーとして、1945年(当時43歳)の退職までの8年間勤務しています。

終戦時には、平川唯一氏は、放送された玉音放送を英訳し、国外へ向けて国際放送で朗読をしています。

終戦後の1946年2月から、平川唯一氏はラジオNHK第一放送で、15分間の「英語会話講座」を5年間担当し、平川唯一氏が作詞したテーマ曲の「Come Come Everybody」は、国民的愛唱歌となりました。

平川唯一氏が「英語遊び」と名付けた、日本人家庭の日常を英語の題材にした寸劇は人気を博し、日本の英語ブームの元祖火付け役と言われています。

NHKの講師を退任後、1951年(当時49歳)から1955年まで、ラジオ東京と文化放送で、番組名「カムカム英語」として英会話講座を続けています。

ラジオ番組終了後、平川唯一氏は自宅で「カムカムクラブ」を開いて、英語の普及に努めてきました。

平川唯一氏は、日本の英会話の歴史を作って来られた、先駆者だったんですね。

★ヒロイン安子の幼少期を演じる子役についてはコチラをご覧ください。

いかがでしたでしょうか?

平川唯一氏の歴史的背景を知ったうえで、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」を見ると、違った背景も垣間見れるかも知れませんね。

毎朝の「カムカムエヴリバディ」を、楽しみにしたいと思います。

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