エテリ・トゥトベリーゼは夫や娘はいる?生い立ちが壮絶!怖い理由は?

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ワリエワ選手のドーピング疑惑で揺れるROCのフィギュアスケート女子のコーチを務める、エテリ・トゥトベリーゼさん。

エテリ・トゥトベリーゼさんは、コーチを務めるサンボ70(フィギュアスケートクラブ)では、『金メダル請負人』と言われ、高い評価を受けています。

そんなエテリ・トゥトベリーゼさんには夫や娘はいるのかどういう人物なのか、気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・エテリ・トゥトベリーゼの夫や娘
・エテリ・トゥトベリーゼの生い立ち
・エテリ・トゥトベリーゼが怖い理由

の3つのポイントに沿って、エテリ・トゥトベリーゼさんについて、ご紹介したいと思います。

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エテリ・トゥトベリーゼは夫や娘はいる?


出典元:Instagram@tutberidze.eteri

エテリ・トゥトベリーゼさんは未婚のため夫はいませんが、一人の娘を持つシングルマザーです。

エテリ・トゥトベリーゼさんの娘の名前は、ロシア風ではない「ダイアナ・デービス」と言い、現在19歳で学生のようです。

ダイアナ・デービスさんの父親のことは、これまで明かされたことはないそうです。

娘のダイアナ・デービスさんは、アイスダンスの選手で、北京オリンピックでもアイスダンス種目で出場しています。

ダイアナ・デービスさんは、2歳の時から母親に連れられてアイスリンクに行き、見よう見まねで滑るとみるみるうちに上達したそうです。

最初はエテリ・トゥトベリーゼさんと同じシングルスの選手でしたが、ダイアナ・デービスさんは幼少期から感音難聴を患っています。

耳の悪い人が一人で滑ると怪我をする確率が高いからと、母親に勧められアイスダンスの選手になっています。

ダイアナ・デービスさんの指導もエテリ・トゥトベリーゼさんが行っており、サギトワやメドベージェワらが滑るロシアのトップアスリート養成機関の「サンボ70」で、容赦なく厳しい指導がされていたとか。

そのことについてエテリ・トゥトベリーゼさんは、「私は娘が人生にちゃんと適応して育つよう、できることを全てしなくてはならない。」と話しています。


出典元:Instagram@tutberidze.eteri

娘・ダイアナ・デービスさんは、グレプ・スモルキンさんと組み、昨年末のロシア選手権で2位となり、北京オリンピックの出場権を得て、本戦での成績は14位となっています。

ロシア選手権で2位となった時には、エテリ・トゥトベリーゼさんが自身のインスタグラムで、喜びの様子を投稿していました。

名前:ダイアナ・デービス(DIANA DAVIS)
出身地:アメリカ・ラスベガス
生年月日:2003年1月16日(19歳)
職業:学生
所属:サンボ70

そんなエテリ・トゥトベリーゼさんの生い立ちを見ると、とても苦労人にようです。

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エテリ・トゥトベリーゼの生い立ちが壮絶!

幼少期からアメリカ時代


出典元:Twitter

エテリ・トゥトベリーゼさんは、ソ連時代のモスクワ出身で、1974年2月24日生まれの現在47歳です。

5人兄弟の末っ子として生まれ、グルジア人1/2、ロシア人1/4、アルメニア人1/4の3つの民族の血筋が混ざっています。

エテリ・トゥトベリーゼさんは4歳フィギュアスケートを始め、最初はシングルスの選手でしたが、背中に怪我を負ってしまい、アイスダンスへ転向しています。

エテリ・トゥトベリーゼさんが高校生となる1980年代末は、ソ連時代の末期と重なり、仕事がなく、多くの人達が生活苦となりました。

エテリ・トゥトベリーゼさんも大会へ出場する資金がなく、現役選手をやめることになります。

そして、エテリ・トゥトベリーゼさんは生活費を稼ぐために、18歳の時にアメリカへ渡ります。

アメリカでは、フィギュアスケートのショー興行の「アイス・カベイズ」の一員となり、全米を周り、給料の一部をモスクワに残る両親に仕送りをしていたそうです。

エテリ・トゥトベリーゼさんが21歳の時、1995年4月にオクラホマシティで起きた、死者168人負傷者800人以上をだした連邦政府ビル爆破事件が、滞在先の近くで起こっています。

その時、エテリ・トゥトベリーゼさんはガラスの破片などを被ったそうですが、負傷することなく生き残れたのです。

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ロシア帰国後から現在


出典元:Globe

エテリ・トゥトベリーゼさんは、アメリカで4年間コーチの経験を積み、1999年にモスクワに戻っています。

最初はコーチ業としての職探しに苦労し、モスクワ郊外のアイスホッケーのリンクでようやく就職口が見つかり、徐々にエテリ・トゥトベリーゼさんの指導方法が評判を呼ぶようになったとか。

そして、2003年からはロシア連邦フィギュアスケート連盟の一員となり、モスクワ市内の小学校でも働き始め、2013年から「サンボ70」のコーチに就任しています。

エテリ・トゥトベリーゼさんが、2014年ソチオリンピック団体戦金メダルとなった、ユリア・リプニツカヤ選手を育てたことがきっかけで、「サンボ70」は急成長を遂げ、今では世界一の金メダル養成学校として知られています。

エテリ・トゥトベリーゼさんの門下生には、北京オリンピック出場したワリエワ選手を含む3選手の他、平昌オリンピック出場のアリーナ・サギトワ選手や、エフゲニア・メドベージェワ選手らがいます。

エテリ・トゥトベリーゼさんの指導力が評価され、2020年にISUスケーティングアワードで「最優秀コーチ賞」を受賞しています。

名前:エテリ・トゥトベリーゼ(TUTBERIDZE)
出身地:ソビエト連邦・モスクワ
生年月日:1974年2月24日(47歳)
役職:サンボ70コーチ

続いては、エテリ・トゥトベリーゼさんが怖いと言われる理由を、見ていきたいと思います。

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エテリ・トゥトベリーゼが怖い理由


出典元:livedoor news

エテリ・トゥトベリーゼさんはロシアでは「鉄の女」と呼ばれており、厳しい指導で怖いと有名です。

過去には「選手の使い捨て」などと噂されていました。

かつて、練習でミスが連発したメドベージェワ選手に対して「失敗するのが好きなの?じゃあ転倒するのを手伝ってあげる」と叱り、氷上を引きずり回したことさえあると言います。


出典元:毎日新聞
メドベージェワ選手

過酷さゆえに、近年では育ててきた優秀な選手が、エテリ・トゥトベリーゼさんから、どんどん離れていきました。

しかし、一度「サンボ70」を離れたメドベージェワ選手や、北京オリンピック出場のアレクサンドラ・トゥルソワ選手も、また、エテリ・トゥトベリーゼさんの元に戻っています。

エテリ・トゥトベリーゼさんは練習は非常に厳しい人ですが、門下生のことは常にかばっていると言います。

世界で勝ちたいと願う選手にとって、エテリ・トゥトベリーゼさんへの信頼感は強く、金メダリストのサギトワ選手も「エテリと出会ったことが、人生で一番の幸運だった」と公言しています。

かつて、氷上を引きずられたメドベージェワ選手も、エピソードを振り返り、次のように記者に話しています。

何故あなたはエテリ・ゲオルギオブナ(トゥトベリーゼの敬称)がとても恐ろしく、意地悪だと思っているの?私たちはお互いをよく知っているし、気持ちが通じ合っている。

引用元:Globe

エテリ・トゥトベリーゼさんの厳しい指導はロシア国内でも批判がおこり、SNSでは「トゥトベリーゼは国辱だ」のハッシュタグがあるほどです。

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しかし、エテリ・トゥトベリーゼさんは、非難されても指導方針については「親が子供をしつけるのと一緒よ」と述べています。

選手たちは簡単な道を探して、課せられたタスクをなんとかやらないように済ませる。そんな時はしかり飛ばす。私は親のように選手たちに振舞っている。コーチが選手を監督することをやめたらもう愛ではないのです。

引用元:Globe

エテリ・トゥトベリーゼさん自身がこれまでに味わってきた、試練や困難が選手への厳しい指導となっているようですが、沢山の愛情が籠っているのではと思います。

いかがでしたでしょうか?

ワリエワ選手のドーピング疑惑の責任が問われるエテリ・トゥトベリーゼさんを、引き続き注目していきたいと思います。

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