博多大吉先生の若い頃のイケメン画像!捕虜の中学時代や父と不仲説とは?

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博多大吉先生は、お笑いコンビの博多華丸・大吉のツッコミ&ネタの作成を担当する、お笑いタレントです。

大吉先生」の愛称で親しまれる博多大吉さんですが、若い頃からイケメンだったと言われています。

そこで今回の記事では、

・博多大吉先生の若い頃のイケメン画像!
・博多大吉先生が捕虜と呼ばれた中学時代
・博多大吉先生は父と不仲説とは?

の3つのポイントに沿って、博多大吉先生の若い頃をご紹介したいと思います。

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博多大吉先生の若い頃のイケメン画像!

博多大吉先生の若い頃がイケメンだったという声をよく、耳にしますので、画像を集めてみました。

早速、ご覧下さい。


引用元:ロンハー奇跡の一枚


引用元:Pinterest


引用元:博多華丸大吉公式ブログ


引用元:吉本興業


引用元:Instagram@yoshimoto.official

博多大吉先生は、今でもかっこいいですが、若い頃はちょっと尖がった感じで、とってもイケメンだったのですね!

続いては、博多大吉先生の出身高校や、父との関係について、見ていきたいと思います。

大吉先生が捕虜と呼ばれた中学時代

博多大吉先生の出身中学は、福岡県の公立の古賀市立古賀中学校です。

博多大吉先生は運動音痴だったにも関わらず、強豪校という理由で中学と高校ではバスケットボール部に所属していました。

強豪校のバスケットボール部の中に、一人だけ長身でヒョロヒョロの博多大吉先生が混ざっていました。

しかし、博多大吉先生は強豪のバスケットボール部では場違いな存在で、3年間ずっと補欠で、雑用や水汲みをしていたそうです。

その様子を見た他校のチームからは、「あいつは囚われている捕虜なんじゃないか」と話題となり、「捕虜」というあだ名が付けられていた、というエピソードがあります。

何故、博多大吉先生はバスケットボール部を辞めなかったのでしょうか?

強豪校のバスケットボール部には、新入部員が100人程いたらしいですが、厳しい練習に耐えかねて8人にまで減ったそうです。

その内の一人が博多大吉先生ですが、練習もキツイし、家庭の経済的理由からシューズやウエアも買えないため、バスケットボール部を辞めようと思っていました。

ところが、後にキャプテンになる先輩から、「俺のシューズ、どうせ買い替えるから、お前にあげるよ」と言われ、引き止めらます。

その先輩はキャプテンになるほど練習熱心で、頻繁にシューズを買い替える人で、もらったシューズで3年間を過ごすことができたそうです。

大人になってから、シューズをくれた先輩に会える機会が訪れます。

その時、博多大吉先生は「今こうして僕が活躍できるのは、バスケ部に所属し、『捕虜』と呼ばれたエピソードがあったからで、バスケを続けれたのは先輩のシューズのおかげです。」と伝えます。

すると、先輩は「え?そんなことあったっけ?」と全く覚えてなかったそうです。

人それぞれに色んな背景がありますが、博多大吉先生のように恩義を返すことは、とても大事ですね!

博多大吉先生が人望が厚い理由は、こういう点にあるのだと思います。

・本名:吉岡 廣憲(よしおか ひろのり)
・出身地:福岡県古賀市
・生年月日:1971年3月10日(50歳)
・身長/体重:182㎝・-
・血液型:O型
・家族構成:父・母・姉・本人
・出身小学校:古賀市立古賀東小学校
・出身中学校:古賀市立古賀中学校
・出身高校:福岡県立光陵高等学校
・出身大学:福岡大学経済学部(中退)
・所属:吉本興業

続いては、博多大吉先生が父と不仲だったことについて、見ていきたいと思います。

大吉先生は父との不仲説とは?


引用元:サンスポ

博多大吉先生の本名の「廣憲」は、祖父のと、父の之の一字ずつ取って名付けらたそうです。

その父・憲之さんのことを博多大吉先生は、「酒飲みで嫌いだった」と言います。

酒を飲むと人が変わる人だった」ので、親の顔色ばかりうかがう子供時代だったそうです。

大吉先生の父は本当に働かない人で、一番長く続いたのはトラックの運転手ですが、問題を起こしては退職を繰り返していたとか。

決定的なのは、1984年のロサンゼルスオリンピックの時に、父は全く仕事に行かず、開会式から閉会式の間、朝から晩までずっとテレビでオリンピックを観ていて、日雇いの仕事も行かなくなったそうです。

大吉先生の母親がパートで頑張ってくれてたのですが、当時の生活はとても貧しく、朝と夜の食事は、白飯と形の崩れた訳ありの明太子だけで、給食の食パンをクラスメイトからもらっていた事もあると言います。

そして、博多大吉先生の父と母の馴れ初めが謎だそうで、両親に聞いても「墓まで持って行く」「絶対に話さない」と教えてくれないそうです。

父は既に他界しており、母が話してくれるのかと期待しますが、「お父さんが墓まで持っていった以上、私も言わない」と、宣言されたと言います。

博多大吉先生の父は福岡出身で、母は福島の人間で、東京で出逢った二人は、姉と大吉先生を神戸で生んでおり、大吉先生が2歳の時まで住んでいたことまでは分かっています。

大吉先生と姉は「嫁姑問題で、駆け落ちしたのでは?」と予想しているそうです。

結局は真実は分からないのですが、博多大吉先生は子供の頃は、相当に苦労をされて来たのですね。

今、その苦労が実を結んでいることは、言うまでもありません。

いかがでしたでしょうか?

イケメンで面白く多くの人から慕われる博多大吉先生を、引き続き注目していきたいと思います。

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