小川淳也の出身高校と大学はどこ?東大法学部を目指した理由が素敵!

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小川淳也さんは、元自治省と総務省の官僚で、現在、立憲民主党に所属の衆議院議員です。

2021年10月の衆議院選挙の結果を受けて、立憲民主党の枝野幸男党代表が、辞任することとなり、小川淳也さんが党代表選挙に出馬の意向を示し、注目を集めています。

小選挙区で12年ぶりに当選を果たし、党代表選挙に出馬をする小川淳也さんが、どこの学校を出ているのか気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・小川淳也の出身高校と大学はどこ?
・小川淳也が東大法学部を目指した理由

のポイントに沿って、小川淳也さんの出身高校と大学を、見ていきたいと思います。

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小川淳也の出身高校と大学はどこ?


出典元:Facebook@小川淳也

名前:小川 淳也(おがわ じゅんや)
出身地:香川県高松市
生年月日:1971年4月18日(50歳)
身長/体重:170㎝・59㎏
血液型:O型
家族:妻・娘2人
趣味:野球・旅行
所属政党:立憲民主党
前職:国家公務員(自治省・総務省)

小川淳也さんは、商売家の長男(弟と妹の3人兄弟)として生まれ、苦労して商売をしている両親の姿を見て育ってきた影響からか、「小川さんは商売人みたい(役人らしくない)」と良く言われたそうです。

そんな小川淳也さんの学歴に沿って、政治家を目指した経緯も見ていきたいと思います。

小川淳也の出身高校


出典元:Wikipedia

小川淳也さんの出身高校は、香川県高松市にある公立の香川県立高松高等学校です。

高松高等学校の偏差値は71で、香川県内で1位となる県下随一の進学校で、明治26年開校から創立128周年となる歴史ある高校です。

高松高等学校出身の著名人には、小説家の菊池寛氏、俳優・高畑淳子さん、フリーアナウンサーの多田羅りかさんを始め、多くの政治家やアナウンサーがいます。

小川淳也さんは、小学4年生から香東中学校、高松高等学校で野球を9年間続けてきました。

しかし、高校2年生の時に、大学受験に備えて、一度野球をやめようと思ったことがあるそうです。

その時に父親から「お前にいましかできんのはみんなとの野球だろう。それで東大に行けんかったら行かん方がいい」と言われます。

その時が、結構人生の分かれ道だったと、小川淳也さんは述べています。

そして、野球部に所属しながら東大を目指すことになります。

小川淳也の出身大学


出典元:外資就活ドットコム

小川淳也さんの出身大学は、東京大学法学部です。

東京大学法学部の偏差値は67.5となっており、法学部は東京大学設立(1877年)時からある学部の一つです。

東大法学部に合格し、上京した小川淳也さんは、真っ先に驚いたのは周囲にうどん屋がなかったことと、誰も方言を話さないことだったとか。

下宿先は学生寮で、小川淳也さんは学習塾で講師のアルバイトをしながら、授業に通う生活だったそうです。

小川淳也さんは、「将来は官僚になって天下国家を考えたい」と東大法学部に進学しましたが、それまで野球ばかりしてきたため、社会勉強がしたかったそうです。

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小川淳也さんは当時の心境を次のように語っています。

中央官庁に入ってしまうと机上の仕事が多くなるだろうなと思いました。だったら、学生時代は今しかできないことをやろうと考えた。見たことがないものは少ないほうがいい。やったことのないもの少ないほうがいい。そんな心境でした

引用元:gendai

そこで、小川淳也さんは大学時代に、北海道の牧場、すし屋の出前、自動車のエンジン工場、ペンションの住み込みのバイトや、アフリカや中国への旅をして、学生生活を謳歌したと言います。

小川淳也さんの「日本を良くしたいオタク」心に火がついたのは、この頃からだそうです。

電車に揺られている時も、授業に出ている時も、家で物思いにふけっている時も、「これからの日本」のことを考えるようになっていたと言います。

小川淳也さんは、東大法学部卒業後は、地方出身者の魂(多くのプライドと少々のコンプレックスの複合物)を抱えて自治省へ入省しています。

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小川淳也が東大法学部を目指した理由


出典元:東洋経済オンライン

小川淳也さんは進学校から東大法学部経て、中央官庁の官僚というエリートコースを歩んできましたが、小川家は決してスパルタ教育ではなかったそうです。

中学に進学し念願の野球部に入部をしても、ストイックでなかった小川淳也さんは、勉強はできたが野球は中途半端だったとか。

当時人気だった『夕やけニャンニャン』とおニャン子クラブにはまる、普通の中学生で、「今日も夕やけニャンニャンを見るので部活休みます」と言って、野球をサボっていたそうです。

そんな小川淳也さんは、父・雅弘さんの母校でもある高松高等学校に入学した頃から、「いつか日本を変える仕事がしたい」と言い出したと言います。

小川淳也さんは父・雅弘さんから次のように言われます。

日本の政治家にはロクなものがいない。官僚が立派だからこの国は良くなったんだ。お前も東大を卒業し、悪い政治家に影響されない立派な官僚になって、この国の役に立つ人間になれ

引用元:gendai

その当時は、リクルート事件を始め、日本の政界は自民党による金権政治の全盛期で、賄賂と汚職が横行し、「政治家は悪い人」と、日本中が政治に不信感と嫌悪感を持っていた時期でした。

そして、小川淳也さんは高校3年生時に、難関国公立を目指す友人らに、「一緒に東大へいって日本を変えよう!」と語ったそうです。

父・雅弘さんから、「世のため、人のために働く大人になれ」と言われ続けてきた小川淳也さんは、「日本を変える」とは、「中央官僚に入って官僚になることだ」と考えていたと言います。

小川淳也さんの進路は明白となり、東大法学部を目指すことになりますが、模擬試験では東大のA判定は出た事がなかったそうです。

入試の前日は、緊張のあまり熱を出した小川淳也さんは、点滴を受けて翌朝試験会場に向かったが、自己採点はギリギリ。

二次試験は京大を志望するも、足切りで門前払いとなり、腹を括って、東大一本に絞ったそうです。

郵送で自宅に通知される合否結果が届き、「合格」を知った時は、両親が真っ先に喜んでくれたと言います。

世襲議員が多い中、父親の助言をきっかけに、自力で官僚となった小川淳也さんの、「日本を良くしたい」魂は素晴らしいなと感じます。

いかがでしたでしょうか?

今後も活躍が期待される小川淳也さんを、引き続き注目していきたいと思います。

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