大志田秀次監督の出身大学や経歴!ホンダから東京国際大へ来た理由は?

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東京国際大学の駅伝部監督の大志田秀次監督

大志田秀次監督は、2021年、学生三大駅伝の出雲駅伝で初出場初優勝に導き、箱根駅伝でもダークホース以上の存在と、注目を集めています。

そんな大志田秀次監督にはどんな経歴があるのか、気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・大志田秀次監督の出身大学
・大志田秀次監督の経歴
・大志田秀次監督が東京国際大学へ来た理由

の3つのポイントに沿って、大志田秀次監督の大学や経歴を、ご紹介したいと思います。

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大志田秀次監督の出身大学

大志田秀次監督の出身大学は、東京都八王子市にある私立大学の、中央大学です。

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中央大学は、1885年に18人の法律家により「英吉利法律学校」として、創立されました。

1905年8月に経済学科設置に伴い、中央大学へ改称しており、早稲田大学と慶応義塾大学に次いで、古い大学となっています。

中央大学の現在の偏差値は55~60となっており、4つのキャンパスと、8学部と8研究科が設置されています。

中央大学陸上競技部が設立されたのは1920年で、2020年には創部100周年を迎えた歴史ある部です。

中央大学は、箱根駅伝では最多優勝14回最多出場94回を誇り、連続出場回数は断トツ1位の87回と、強豪校の名に相応しい成績を残しています。

大志田秀次監督は、岩手県立盛岡工業高等学校を経て、1981年に中央大学へ進学しています。

高校時代は、1500mで全国9位の成績を残しています。

大志田秀次監督は、現役時代の箱根駅伝では、3年生の時は1区で区間11位、4年生の時に8区で区間賞を獲得する活躍をしています。

名前:大志田 秀次(おおしだ・しゅうじ)
出身地:岩手県盛岡市
生年月日:1962年5月27日(59歳)
大学:中央大学
職業:東京国際大学駅伝部監督
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大志田秀次監督の経歴はホンダ出身

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大志田秀次監督は、中央大学を卒業後、本田技研工業に入社し、陸上競技部へ入部しています。

そして、1986年の東京国際陸上の1500mで大会新で優勝し、同年のアジア競技大会に1500mの日本代表として出場し、金メダルを獲得しています。

大志田秀次監督は、1991年に現役を引退し、以降、2001年までは本田技研でコーチを務めてきました。

その間の1994年から1999年は、母校の中央大学のコーチも兼任しており、1996年の箱根駅伝では中央大学を総合優勝に導いています。

更に、大志田秀次監督は、2000年からは、NHK箱根駅伝解説者を務めています。

2002年からは、競技を離れ、本田技研で社業に専念してきました。

そして、2011年から東京国際大学駅伝部の監督に就任し、創部5年目の2016年には、チームを箱根駅伝初出場に導いています。

2019年には、全日本大学駅伝に初出場し初シードを獲得(総合4位)、2020年の箱根駅伝初シード獲得(総合5位)するなど、チームを躍進させて来ました。

2021年の箱根駅伝では総合10位だった東京国際大学ですが、2021年の出雲駅伝に初出場し、初優勝を果たしています。

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大志田秀次監督が東京国際大に来た理由

東京国際大学へ来た理由


出典元:THE ANSWER

大志田秀次監督が現場を離れて9年経った頃、「ミスター駅伝」としてテレビ解説でも知られる横溝三郎総監督に、声を掛けられます。

箱根駅伝のラジオ解説もやってるし、中大のコーチ時代にチームも優勝してるから、駅伝知らないわけじゃないよね?

引用元:4years

大志田秀次監督は、当時、この話をもらってから「やはり陸上に関わりたい」と感じたそうです。

駅伝部創部と同時に監督就任した当初は、勧誘の仕方や選手の育成方法が時代と共に変化していて、とても戸惑ったと言います。

創部した2011年4月には、校内放送で「駅伝部ができたので説明会を実施します」と告知したとか。

創部当初の部員は、陸上経験者2名野球経験者1名マネージャー1名だけだったそうです。

大志田秀次監督は創部した年は、高校生の色んな大会へ足を運んで、スカウトに奮闘し、翌年は27名が入部したそうです。

創部当初は、20kmを走れる選手がいなかったため、10マイル(約16.1km)を走れる体力作りに注力っしてきました。

その年の箱根駅伝予選会で、21位となった東京国際大学の選手は、20km走に取り組むようになり、17位、13位と毎年順位を上げ、創部5年目で「40㎞を走りたい」という選手が出てきました。

そして、2015年の箱根駅伝予選会で9位を獲得し、箱根駅伝初出場を果たしています。

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大志田秀次監督は大学駅伝一いい人


出典元:サンスポ

創部10周年となるメモリアルイヤーで、学生三大駅伝の出雲駅伝で、初出場で初優勝に導いた大志田秀次監督は、大学駅伝一「いい人」と言われています。

2015年に箱根駅伝予選会を突破する以前に、大志田秀次監督は東洋大青学大に、数名の選手と共に「短期留学」を行っています。

通常は選手だけの送り込みが多いのに、大志田秀次監督も一緒に寮に泊まり、練習や生活を選手と共に行っています。

大志田秀次監督は、

強いチームはどんな練習をして、どんな生活をしているのか知りたかったので、無理を言って私も泊めてもらいました。青学大さんも東洋大さんも、しっかりした練習と、しっかりした生活をしていた。結局、一番、重要なことは選手のやる気ということを改めて実感しました。走るのは監督ではなく、選手なので。

引用元:スポーツ報知

と、語っています。

選手主体の指導を行う大志田秀次監督は、当然、チームの選手からの信頼も厚いと言います。

東京国際大学史上で、「最速ルーキー」と言われた佐藤榛紀選手でしたが、スランプに陥ります。


出典元:Twitter@TIUekiden

そんな不安を頂いていた佐藤榛紀選手に、大志田秀次監督は寄り添って、原因を丁寧に探ってくれたと言います。

スランプに陥った原因は貧血だったそうで、食事やサプリメントを気をつけるようになると、スランプも改善され、佐藤榛紀選手は本来の実力が戻り、出雲駅伝で2区を走り、初Vに貢献しています。

大学駅伝は癖のある監督が多い中、大志田秀次監督は「敵がいない」と言われる程、温厚な性格だそうですよ。

★東京国際大学のヴィンセント選手についての記事は、コチラをご覧下さい。

★東京国際大学の丹所健さんに関する記事は、コチラをご覧下さい。

いかがでしたでしょうか?

今後も益々の活躍が期待される大志田秀次監督を、引き続き注目していきたいと思います。

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