大八木弘明(駒大)の現役時代と経歴!パワハラや辞任騒動って何?

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駒澤大学陸上部監督の大八木弘明監督は、2021年の箱根駅伝で選手に「男だろ!」の喝が話題になりましたね。

学生三大駅伝で史上最多の23勝をマークする、大八木弘明監督の情熱的な指導を求めて、選手が集まってくるそうです。

そんな大八木弘明監督の現役時代や経歴が、気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・大八木弘明監督の現役時代
・大八木弘明監督の経歴
・大八木弘明監督のパワハラ事件
・大八木弘明監督の辞任騒動

の4つのポイントに沿って、大八木弘明監督の現役時代や経歴について、ご紹介したいと思います。

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大八木弘明(駒大)の現役時代

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大八木弘明監督は、福島県河沼郡河東町(現・福島県会津若松市河東町)出身で、1958年7月30日生まれの現在63歳です。

大八木弘明監督は、会津高田町立第一中学校の2年生の時、校内マラソンで優勝したのをきっかけに、陸上競技にのめり込みました。

大八木弘明監督は、中学入学当初は体重が100kg近くもあったことから、「ドラムカン」というあだ名が付いていたそうです。

しかし、福島県で常勝の陸上部で練習を重ねた大八木弘明監督は、中学3年生の時、ジュニアオリンピックの前身の、ジュニア選手権3000mで全国5位の成績を納めました。

中学卒業後、大八木弘明監督は、福島県会津若松市にある公立校の、福島県立会津工業高等学校へ進学しています。

インターハイを目指していた大八木弘明監督は、走りすぎによる疲労骨折貧血に苦しみながら、3年間を終えています。

更に、家庭事情により大学進学を諦めた大八木弘明監督は、高校卒業後は、小森印刷(現・小森コーポレーション)に就職します。

大八木弘明監督は、「箱根を走りたかったこと、(陸上選手として)上を目指したかった」ため、就職後も早朝や昼休みを利用して、練習に明け暮れていたと言います。

そして、1980年12月の全日本実業団対抗駅伝で、当時最長区間の6区(23.2km)で、区間3位の走りを見せました。

大八木弘明監督は、4年務めた小森印刷を辞め、大学進学の準備をしながら、川崎市役所に就職します。

川崎市立の小学校の事務員の仕事をし、箱根駅伝を目指せて、仕事が続けれて競技が出来る2部のある大学を探します。

公務員時代には、東日本縦断駅伝で神奈川県チームのエースとして出場し、2年間は仕事と受験勉強と練習をする生活を送ってきました。

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そして、24歳の時、職場から近い、駒澤大学経済学部2部(夜間部)に入学しており、昼は川崎市役所で働きながら、学業と勉強に励んできました。

大学在籍中に、大八木弘明監督は、念願だった箱根駅伝に3回出場をしています。

・1984年 第60回大会 5区 区間賞
・1985年 第61回大会 2区 区間5位
・1986年 第62回大会 2区 区間賞

大学4年生の時は、当時あった「年齢制限」のため、出場出来ませんでした。

大八木弘明監督は、大学卒業後は、大学時代の成績が評価されヤクルトへ入社しています。

名前:大八木 弘明(おおやぎ・ひろあき)
出身地:福島県河沼郡河東町
生年月日:1958年7月30日(63歳)
職業:駒澤大学陸上部監督

大八木弘明(駒大)の経歴


出典元:Twitter@makiokubel

28歳で大学を卒業した大八木弘明監督は、ヤクルトに入社し、陸上競技部でコーチ兼選手として、実業団選手人生を送ってきました。

そして、1995年4月から母校の駒澤大学の陸上競技部コーチに就任しています。

大八木弘明監督は、打診を受けた当初は相当迷ったそうですが、「母校に恩返しがしたい」と、低迷していた陸上競技部の立て直しに着手します。

コーチ就任後の3年目から、駒澤大学の成績は飛躍的に向上し、1997年に出雲駅伝で初優勝、1998年に全日本大学駅伝で初優勝、2000年には箱根駅伝で初優勝と大学3大駅伝を制し、駒沢大学を一躍強豪校へと押し上げました。


出典元:RDC MAG

大八木弘明監督の素晴らしい指導力が買われ、2004年4月から駒沢大学陸上部の助監督に就任、2004年4月に監督に就任しています。

大八木弘明監督は、平成だけで大学3大駅伝で21勝しており、「平成の常勝集団」を率いる大学駅伝界きっての名将と呼ばれるようになります。

ところが、東京オリンピック代表だった中村匠吾選手が4年生だった、2014年の全日本大学駅伝4連覇を最後に、駒沢大学はタイトルから遠ざかり、2018年は箱根駅伝ではシード落ちをしています。

低迷期を経て、駒沢大学は2019年の出雲駅伝で2位、全日本大学駅伝で3位、2020年は全日本大学駅伝で6年ぶりの優勝をつかみ取り、箱根駅伝では13年ぶりの総合優勝を果たしました。

駅伝二冠を達成した大八木弘明監督は、駒沢大学を見事に復活させることができました。

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大八木弘明(駒大)のパワハラ事件?

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2018年7月に、大八木弘明監督に関するパワハラ事件が起きています。

内容は、大八木弘明監督に対して、学長や同大学OBの中原清氏らから、「辞職勧告」をしており、それが“パワハラ”に当たると、大八木弘明監督が大学内部監査室に告発したというものです。

事件の発端は、2018年7月10日に東京のホルモン焼き店で始まりました。

その日、ホルモン焼き店に、大八木弘明監督長谷部学長中畑清氏、同大学陸上部を支援する会社社長T氏学生部職員の総勢5人が集まりました。

そこでT氏が、「監督は辞表を書いて、学長に預けるべきだ」と発し、続いて中畑清氏が、「来る9月16日のコーチの結婚式で、監督辞任の発表をしたら良いのでは」と言ったそうです。

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更に、長谷部学長が、「あなたが辞表を書けば、預かりますよ」と発言します。

この学長の発言は、「退職勧奨・辞職強要意志」の明らかな表明にあたり、パワーハラスメントという違法行為になります。

では、何故、長谷部学長が辞職勧告をしたのかというと、大八木弘明監督はスポンサー企業と年間契約をし、1千万円の報酬が、大八木弘明監督名義の口座に振り込まれていました。

スポンサー契約の内容を確認すると、陸上部の学生にも関する条項もあり、「陸上部の口座は大学で管理すべき」と顧問弁護士が判断しています。

そして、2015年に、大八木弘明監督のスポンサー企業に国税局の査察が入っており、支出先として大八木弘明監督の口座が調べられています。

駒澤大学の陸上部がみなし法人と判断され、数千万円の追徴金が課せられています。

別の大学関係者によると、

駅伝の成績と職務規定違反は別。長谷部学長側からは大八木監督が十数年にわたってスポンサー企業と1千万円のアドバイザリー契約を結び、大学に正式な届け出もなく、個人収入にしていたということを問題視しています。

引用元:dot.asahi

という厳しい意見だったようです。

その後の大学の調査報告書によると、

駒沢大学では、兼業承認を得ないまま兼業している職員も少なくはなく、大学側もそのことを認識していながら事実上黙認している実態があると認められるため、(大八木監督が)大学から兼業の承認を得ていなかったという一事をとらえて、就業規則違反の責任が重大であるとすることは相応ではなく、(大八木監督)と企業の間の契約内容や契約期間等の実態をも考慮して、今後検討すべき問題と考えられる。

引用元:AERA.dot

としており、「大八木監督だけをことさら問題にできない」、という所に落ち着いたようです。

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大八木弘明(駒大)の辞任騒動とは?


出典元:サンスポ

大八木弘明監督は、パワハラ事件の時も辞任が騒がれましたが、2021年5月にまた辞任騒動が起きています。

理由は、2021年の箱根駅伝で総合優勝した、駒澤大学のアンカーだった石川拓慎選手が、17歳の女子高生にみだらな行為をしたと、県青少年保護育成条例違反の疑いで、逮捕される事件が起きました。

その後、5月20日から行われた、関東学生対校選手権の駒澤大学の出場に関しては、大学側と関東学生陸上競技連盟(関東学連)ともに確認を、許可が出ていました。

大八木弘明監督の進退も心配されましたが、大八木弘明監督は、関東学連の了承を得て、大会の「帯同を自粛」しており藤田敦史ヘッドコーチが大会の指揮を取っています。

石川拓慎選手の逮捕を受けて、大八木弘明監督は選手に、「箱根駅伝を優勝したチームだと意識しないといけない。普通の大学生ではない」と、行動の厳守を求めています。

その後、10月に行われた出雲駅伝と、11月の全日本大学駅伝では、大八木弘明監督が再び指揮を取り、全日本大学駅伝では、主力選手が怪我で欠けたにも関わらず、優勝を果たしました。

★駒澤大学の鈴木芽吹選手に関する記事は、コチラをご覧下さい。

★駒澤大学の田澤廉選手に関する記事は、コチラをご覧下さい。

いかがでしたでしょうか?

今後も活躍が期待される大八木弘明監督を、引き続き注目していきたいと思います。


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