里見紗李奈のwiki風プロフィール!どんな事故だった?父母が素敵!

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里見紗李奈選手は、2019年のパラバドミントン世界選手権で、金メダルを獲得した選手です。

パラバドミントンを始めてから2年半でこの偉業を達成した、里見紗李奈選手の経歴が気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・里見紗李奈選手のwiki風プロフィール
・里見紗李奈選手はどんな事故に遭ったの?
・里見紗李奈選手の父母が素敵すぎる!

の3つのポイントに沿って、里見紗李奈選手のプロフィールをご紹介していきたいと思います。

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里見紗李奈のwikiプロフィール!


引用元:e-ネ!スポーツ撞

里見紗李奈選手は、千葉県千葉市出身で、1998年4月9日生まれの現在23歳です。

高校3年生の時に、交通事故(後ほど詳しくお伝えします)に遭い、脊髄を損傷、両下肢に障害が残り、腰から下が動かすことができません

里見紗李奈選手は、事故後の入院生活は9ヵ月かかりました。

事故の翌年2017年の春に、中学時代にバドミントン部に所属していたこともあり、父親の勧めでパラバドミントンの日本代表の村山浩選手が主催する、地元千葉の車いすバドミントンチーム「パシフィック」へ見学に行きました。

村山浩選手から「いっぱい練習したら、パラリンピック目指せるよ」って言われたそうです。

そこで、車いすバドミントンを体験してみた所、打ち合いがとても楽しかったことから、「趣味としてできれば」と始めました。

里見紗李奈選手は、父親が車の免許がとれるようにと教習所に連れて行ってくれ、自分で運転できるようになってからは、毎日練習に通うようになります。

通っていくうちに、チームメイトと過ごす時間が居心地よく、里見紗李奈選手選手は「気づいたら、週6は通っていましたね」と語っています。

そんな仲間と共にプレーを続けるうちに、自然の流れで大会へエントリーし、2017年8月のデビュー戦で、シングルス3位の成績を残しました。

さらに、里見紗李奈選手は、2017年12月の日本選手権では、シングルスで準優勝を獲得しています。

初の海外遠征となる2018年7月のタイ国際のダブルスで、日本のエース・山崎悠麻選手とペアを組むことになり、「東京パラリンピック」を見据えてきたそうです。

その後現在まで、里見紗李奈選手は、多くの国際大会で功績を残しており、2019年のパラバドミントン世界選手権シングルスで初優勝となり、東京パラリンピックでも金メダルが期待されています。

2017年に始めたパラバドミントンで、たった2年で世界を制覇するのは、すごい努力を積んできたでしょうね。

・本名:里見 紗李奈(さとみ さりな)
・出身地:千葉県千葉市
・生年月日:1998年4月9日(23歳)
・身長/体重:160㎝・-
・血液型:-
・家族構成:父・母・兄二人・本人
・出身高校:千葉県立千城台高等学校
・所属:NTT都市開発

続いては、里見紗李奈選手は、どんな事故に遭ったのかを、見ていきたいと思います。

里見紗李奈はどんな事故に遭ったの?


引用元:NHK

里見紗李奈選手が事故に遭ったのは2016年5月、高校3年生になったばかりの時でした。

原因は交通事故で、里見紗李奈選手は車の助手席で眠っており、気づいたら壁にぶつかっていたと言います。

事故現場からそのまま救急車で病院へ運ばれて、9カ月間の入院生活を送ることになります。

事故の詳しい状況は分からない中で、里見紗李奈選手は「運転手の人は大丈夫かな?」と思ったのと、足に全く感覚がなくて本当に動かなくて、どうしよう!どうしよう!と思ったそうです。

里見紗李奈選手の手術は、事故の翌日となりましたが、手術前に医師から「もう歩けない」と伝えられます。

しかし、里見紗李奈選手はすぐに歩けるようになると信じていたので、現実的に難しいと分かった時には、「メンタルがやられました」と語っています。

そんな里見紗李奈選手は退院後は、家に引きこもりがちになってしまいます。

車いすに乗っている自分を、友達に見られるのが嫌だったそうです。

事故が起きる前までは、里見紗李奈選手はファミレスのアルバイトに燃える、高校時代を送ってきました。

アルバイトでお金も稼げていて半分自立している気分になり、卒業後は本当に自立できると思っていたのに、事故後は、ずっと家族に甘える生活になるのか、という葛藤があったそうです。

里見紗李奈選手の葛藤が無くなるきっかけが、父親が勧めてくれた車いすバドミントンとの出逢いだそうです。

続いては、里見紗李奈選手の父と母を、見ていきたいと思います。

里見紗李奈の父母が素敵すぎる!

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里見紗李奈選手には、父・敦さん、母・比奈子さんと、二人の兄がいます。

そのご家族とのエピソードをお伝えしたいと思います。

父・敦さんは、里見紗李奈選手の事故後に、すぐに行動に移したそうです。

里見紗李奈選手の退院後を考えて、自宅を大幅にリフォームし、扉は全て引き戸に変え、車いすで移動できる昇降機を取り付け、浴室には床に降りずに湯船に浸かれるように、特注の椅子も用意しました。

退院してリフォームされた自宅をみた里見紗李奈選手は、病院の先生も「すごい!」と言わせるほどによく考えられていて、自宅でストレスなく過ごすことができたと言います。

先述の通り、里見紗李奈選手を車いすバドミントンへ誘ったのも、父・敦さんで、塞ぎがちだった娘を見て、「何か夢中になれることがあれば、外に出るようになるのでは」と思ったそうです。

車いすバドミントンを始めた最初の頃は、敦さんの方が熱心だったそうですよ。

父・敦さんの熱意が、里見紗李奈選手の人生を大きく、動かしたのでしょうね。

続いては、里見紗李奈選手の母・比奈子さんです。

比奈子さんは、里見紗李奈選手の事故の一報を聞いて、その場に座り込んでしまうほどショックを受けたそうです。

比奈子さんは毎日病院へ通って来てくれ、里見紗李奈選手が眠るまで痺れる足をさすってくれたり、食べたいものを買ってきてくれたりしてくれたと言います。

里見紗李奈選手と比奈子さんは、喧嘩をすることもあったようですが、比奈子さんが「甘えさせてくれたから、9ヵ月の入院生活も乗り越えられたんだと思う。」と当時を振り返っています。

そして、里見紗李奈選手には二人の兄がおりますが、お名前などは分かりませんでした。

二人の兄は、里見紗李奈選手が車いすバドミントンを始めた頃、打ち合いの相手をしてくれてたそうです。

このように献身的な家族に、里見紗李奈選手は恩返しをしたいと、パラリンピックを目指してきました。

里見紗李奈選手の強みは、自他ともに認める「負けず嫌い」です。

その「負けず嫌い」からくる粘り強さで、メダルを獲得して欲しいですね!

今後も活躍が期待される里見紗李奈選手を、引き続き注目していきたいと思います。

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