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沖縄尚学の最速150キロ左腕として、2026年ドラフトの上位候補に挙げられている末吉良丞投手。
迫力ある投球だけでなく、「太もも71cm」という驚異的な下半身も注目されています。その原点には、仲西中学校時代に取り組んだ独特のトレーニングがありました。野球未経験の両親はどのように息子を支え、4人兄弟の長男としてどのように育ったのでしょうか。
左肘の怪我から復調した現在と、スカウトによる最新のドラフト評価をあわせて紹介します。
末吉良丞の両親・兄弟と家族構成

出典元:琉球新報
沖縄尚学のエース・末吉良丞投手は、両親と弟妹に囲まれて育った4人きょうだいの長男です。
父・良次さんと母・伊織さんは、野球の技術を教えるというより、毎日の送迎や精神面から息子を支えてきました。
マウンドでは強気な末吉投手ですが、家庭では弟や妹に物を譲る「優しい、のんびり屋」だといいます。プロフィールとともに、ご両親の支えや弟妹との関係を紹介します。
末吉良丞の年齢・身長・体重などプロフィール

末吉良丞投手は、沖縄尚学高校に所属する最速150キロの左腕で、2026年ドラフトの上位候補に挙げられています。
2008年11月18日、沖縄県浦添市に生まれました。2026年8月現在は17歳で、沖縄尚学高校の3年生です。
身長175cm、体重91kgというがっちりした体格から、力のある直球と鋭いスライダーを投げ込みます。
- 氏名:末吉良丞
- 読み方:すえよし・りょうすけ
- 生年月日:2008年11月18日
- 年齢:17歳(2026年8月現在)
- 出身地:沖縄県浦添市
- 身長:175cm
- 体重:91kg(2026年7月の報道時点)
- 投打:左投げ左打ち
- ポジション:投手
- 最高球速:150キロ
- 小学校:仲西小学校
- 中学校:仲西中学校
- 高校:沖縄尚学高校在学中
- 職業:高校生・高校野球選手
- 所属:沖縄尚学高校野球部
- 家族構成:両親、本人、弟妹3人
末吉投手が野球を始めたのは、仲西小学校2年生のときです。
校庭で行われていた学童野球を見て興味を持ち、母・伊織さんに相談する前に自分から体験練習へ参加したと報じられています。幼い頃から、自分で決めて行動するタイプだったことが分かるエピソードです。
仲西ビクトリーBBCで野球を始め、仲西中学校では軟式野球部に所属。中学時代には最速145キロを記録し、早くから注目される投手になりました。
沖縄尚学高校では1年夏からベンチ入りし、同年秋に背番号1を獲得。2年生だった2025年夏には、同校を初の夏の甲子園優勝へ導きました。
大会後はU-18日本代表に唯一の2年生として選出されています。全国制覇だけでなく、日本代表でも経験を積んだことが、2026年ドラフト候補として評価される背景にあります。
なお、身長と体重は報道時点の数値です。成長期の高校生であるため、今後変わる可能性があります。
父・良次さんと母・伊織さんの職業や支え
末吉投手の父親は良次さん、母親は伊織さんですが、ご両親の職業は公表されていません。
2025年8月の毎日新聞の取材では、ご両親はいずれも当時38歳と紹介されました。
父・良次さんは、自身も身近な家族も野球を経験していなかったと説明しています。末吉投手は、元野球選手の父親から英才教育を受けた「野球一家のサラブレッド」ではありません。
野球を始めるきっかけも、親に勧められたからではなく、末吉投手自身が学童野球を見て興味を持ったことでした。
ご両親が担ってきたのは、主に生活面からのサポートです。末吉投手は沖縄尚学高校の寮には入らず、浦添市の実家から学校へ通っています。
- 朝の練習:父・良次さんが車で送る
- 夕方の練習後:母・伊織さんが迎えに行く
- 精神面:結果を急がせず、将来を考えた言葉をかける
母・伊織さんは、2025年夏の甲子園にも応援に駆けつけました。
金足農業との初戦で末吉投手が14三振を奪って完封した際には、好投を喜びながら「いつも通りの良丞で頑張ってほしい」と話しています。
ご両親の考え方がより鮮明に表れたのが、2026年春に末吉投手が左肘を痛めたときです。
最後の夏を前に焦る息子へ、今は無理をする時期ではなく、その先があるという趣旨の言葉をかけました。背番号が1から10になった際も、無理をさせなかった比嘉公也監督への感謝を忘れないよう伝えています。
この言葉を受けた末吉投手は、焦らずリハビリへ取り組み、甲子園での復帰を目指す考えに切り替えました。
目先の勝敗よりも息子の身体と将来を優先する姿勢が、ご両親の支え方の特徴といえるでしょう。
4人兄弟の長男!弟と妹を優先する優しい素顔
末吉投手は4人きょうだいの長男で、家庭では弟や妹を優先する面倒見のよい兄です。
毎日新聞などの報道によると、末吉投手には弟と妹がいます。きょうだいの順番は、本人の下に妹、弟、妹と伝えられています。
ただし、弟妹の氏名や年齢、学校などは公表されていません。一般の未成年者であるため、確認できない情報を推測することはできません。
マウンドでは堂々とした姿を見せる末吉投手ですが、ご両親が語る普段の性格は「優しい、のんびり屋」です。
その性格がよく分かるのが、ケーキにまつわるエピソードです。
きょうだい全員分のケーキがないとき、末吉投手は自分が長男で、これまでに食べてきたからという理由で弟や妹へ譲るといいます。
テレビ番組の取り合いでも同じように弟妹を優先するため、末吉投手ときょうだいがけんかになることはほとんどないそうです。
母・伊織さんも、末吉投手は弟妹の面倒をよく見ており、何かと自分が我慢していると語っています。
全国制覇を果たした後にも、長男らしい一面が見られました。
2025年夏の甲子園優勝後、家族と再会した末吉投手は、妹に優勝メダルをかけています。自分が勝ち取ったメダルを妹にかける姿からも、家族を大切にする様子が伝わります。
普段は弟妹へ譲る優しい兄でありながら、野球になると強い負けず嫌いになる。この対照的な素顔も、末吉投手の人物像を知るうえで興味深いポイントです。
家族の中で培われた思いやりと、マウンド上で発揮される勝負への執念。その両方が、末吉良丞投手という選手の魅力を形づくっています。
末吉良丞の中学時代と太もも71cm

末吉良丞投手の強さを象徴するのが、2025年夏に71cmと報じられた太ももです。
ただし、中学時代から71cmあったわけではありません。仲西中学校で丸太を担いで走った経験が下半身の原点となり、沖縄尚学高校で本格的な身体づくりを重ねた結果、71cmまで成長しました。
ここでは、小学生で野球を始めた経緯から、軟式球で145キロを計測した中学時代、現在の強靱な下半身が作られるまでを時系列で紹介します。
仲西小で野球を始め仲西中で最速145キロを記録
末吉良丞投手は仲西小学校2年生で野球を始め、仲西中学校時代には軟式球で145キロを計測したと報じられています。
野球を始めたきっかけは、両親から勧められたことではありません。
小学校のグラウンドで行われていた学童野球を見て「楽しそう」と興味を持ち、母・伊織さんへ事前に相談せず、自分から体験練習に参加しました。
小学2年生ですでに、興味を持ったことへ迷わず踏み出す行動力があったことが分かります。
仲西ビクトリーBBCへ入団した末吉投手は、投手だけでなく捕手や外野手も経験しました。
小学生の頃は責任感が強い一方、制球を乱すと自分で抱え込み、マウンドを降りてから泣くこともあったといいます。
当時指導していた玉城優一さんは、投手以外の選手の気持ちを理解させるため、一時的に末吉投手を捕手へ転向させました。
投げる側だけでなく、ボールを受ける捕手の視点を経験したことは、周囲を見ながらプレーする大切さを学ぶ機会になったと考えられます。
仲西中学校では、硬式クラブチームではなく学校の軟式野球部へ入部しました。
それでも球速は急速に伸び、中学3年生の公式戦で145キロを計測したと、当時の指導者が証言しています。練習試合でも、140キロを超える球を何度も投げていたそうです。
この145キロは、野球団体が公表した公式記録ではありません。しかし、軟式球は硬式球より変形しやすく、強い球を安定して投げるのは簡単ではありません。
中学生が軟式球で145キロを投げたという事実が注目され、末吉投手の名前は県内外へ広がりました。
中学3年時には県内の強豪校だけでなく、大阪桐蔭や東海大相模などからも勧誘を受けたと報じられています。
複数の選択肢がある中で、末吉投手が選んだのは地元沖縄の沖縄尚学高校でした。中学時代ですでに速球派として注目されていましたが、その球速を支えたのが独特な下半身トレーニングです。
中学時代の丸太走が強靱な下半身の原点

末吉投手の強靱な下半身の原点は、仲西中学校時代に取り組んだ、丸太を担いで走るトレーニングです。
仲西中学校の野球部顧問として3年間指導した大浜淳一さんは、末吉投手が入学した時点で、将来プロへ進む可能性を感じていたと語っています。
一方、当時は速い球を投げられるものの、制球が安定しないことが課題でした。入学時の身体を投手に適した状態へ整える必要もあったため、まずは身体づくりから取り組みました。
そこで行われたのが、次のような練習です。
- 丸太を担いだポール間ダッシュ
- 四球を出して交代した後の丸太走
- 身体の軸を意識した走り込み
- シーズンオフのジャベリックスロー
丸太を担いで走ると、通常のダッシュより姿勢を保つのが難しくなります。
重さに負けて身体が左右へぶれないようにするには、脚力だけでなく、下半身と上半身をつなぐ体幹も使わなければなりません。
大浜さんは、丸太走には下半身と体幹を同時に鍛えられる利点があったと説明しています。
制球を乱して四球を出した際にも、末吉投手は丸太を担いで走るよう指示されました。走り込みは体力づくりだけでなく、制球改善を目指す身体づくりの一環でもありました。
厳しい練習でしたが、末吉投手は不満を表に出さず、真面目に取り組んだといいます。
大浜さんは、現在の太い太ももについて、中学時代の練習によって作られたものだと証言しています。
ジャベリックスローにも手を抜かず取り組み、投球に必要な肩周辺の力も鍛えました。与えられた練習を黙々と継続できたことも、身体能力が伸びた理由の一つです。
中学時代は球速が注目される一方、制球に苦しむこともありました。それでも、丸太走によって下半身と身体の軸を鍛えた経験が、高校で投球フォームを安定させるための土台になりました。
太もも71cmは突然作られたものではありません。仲西中学校で丸太を担いで走った日々が、後の最速150キロ左腕につながる原点だったのです。
高校の下半身強化で太ももが71cmに成長
末吉投手の太ももが71cmに達したのは高校時代で、中学時代の丸太走と、沖縄尚学で行った下半身強化が現在の体格につながりました。
沖縄尚学高校へ入学した当初、末吉投手の体重は100kg近くあったと報じられています。
そこで、まずは身体を絞りながら体力をつけ、投手として動ける身体へ変えていきました。単に体重を減らすのではなく、投球に必要な筋力を残しながら身体を作り直したことがポイントです。
その成果は早くも1年秋に表れました。県大会で最速150キロを記録し、中学時代の145キロからさらに球速を伸ばしています。
しかし、速い球を投げられるだけで、全国の強豪打線を抑えられるわけではありません。
2025年春のセンバツでは横浜高校に敗れ、制球や変化球の精度に課題を残しました。この敗戦を受け、下半身強化と投球の安定性向上に取り組みます。
練習は、終了後に筋肉痛で歩くのがやっとだったと本人が振り返るほど厳しいものでした。
その結果、2025年夏には太もも周りが71cmに達したと報じられています。春から夏にかけて約3cm太くなり、下半身の迫力はさらに増しました。
成果が表れた試合の一つが、2025年夏の甲子園初戦となった金足農業戦です。
- 投球回:9回
- 被安打:3
- 失点:0
- 奪三振:14
- 四死球:0
- 最高球速:146キロ
末吉投手は直球とスライダーを軸に、14三振を奪って完封しました。
本人が特に喜んだのは、三振数よりも四死球を一つも出さなかったことです。
中学時代は速い球を投げられる反面、制球を乱すことが課題でした。高校では下半身強化に加え、投球フォームや変化球の精度も見直したことで、終盤まで安定して投げられる投手へ成長しました。
そのため、太ももが太くなったことだけを制球力向上の理由とするのは正確ではありません。
中学時代の丸太走、高校での下半身強化、体重管理、フォーム改善。これらを積み重ねた結果として、太もも71cmの身体と安定した投球が作られました。
見た目のインパクトが注目されがちですが、71cmという数字の裏には、小学生から高校生まで継続してきた地道な身体づくりがあります。
末吉良丞の現在と2026年ドラフト評価

末吉良丞投手は2026年春に左肘を痛め、約3カ月間にわたって公式戦での登板を控えていました。
その後、夏の沖縄大会準決勝で実戦復帰。決勝では最速147キロを記録し、甲子園では背番号1を取り戻しました。
ただし、背番号1への復帰は左肘の完治を意味するものではありません。ここでは、怪我から復調するまでの経緯、最速150キロの直球とスライダー、各球団スカウトによる2026年ドラフト評価を紹介します。
左肘の怪我から復調し背番号1を奪還した現在
末吉良丞投手は左肘のコンディション不良から実戦復帰し、2026年夏の甲子園ではエース番号「1」を取り戻しました。
2026年春のセンバツでは、帝京高校との開幕戦に先発しました。
7回まで無失点に抑えましたが、8回に守備の乱れも重なって4点を失い、沖縄尚学は3-4で敗れています。
末吉投手の成績は、7回3分の2を投げて121球、被安打5、9奪三振、2四球、2死球。4失点を喫しましたが、記録上の自責点は0でした。
その後、4月にU-18日本代表候補の強化合宿へ参加。実戦形式の練習では、打者8人に対して4者連続三振を奪い、最速149キロを記録しました。
ところが、沖縄へ戻った後の4月8日、練習中に左肘の痛みを発症します。
最後の夏と2026年ドラフトを控えた時期の怪我だったため、末吉投手自身も「ちょっとまずい」と不安を感じたことを明かしています。
詳しい診断については複数の表現で報じられていますが、学校から確定した診断名は公表されていません。そのため、左肘の靱帯が断裂していたと断定することはできません。
末吉投手は投球を休止し、リハビリや走り込みに取り組みました。投げられない時期には、指名打者として試合に出場するため、打撃練習も続けています。
左肘の状態を考慮され、夏の沖縄大会では新垣有絃投手が背番号1、末吉投手は背番号10になりました。
それでも末吉投手は「背番号1を譲ったつもりはない」と話し、甲子園へ出場できれば取り戻すことを目標に掲げます。
実戦復帰を果たしたのは、2026年7月18日の沖縄大会準決勝・名護戦でした。
- 投球回:6回
- 球数:87球
- 被安打:2
- 奪三振:8
- 失点:0
- 最高球速:144キロ
約3カ月ぶりの公式戦登板でしたが、140キロを超える球を87球中42球記録。沖縄尚学は7-0の6回コールドで勝利しました。
続く7月20日の決勝では、エナジックスポーツを相手に9回1死から救援登板。最速147キロを記録し、4-3の勝利を締めくくりました。
沖縄尚学は2年連続12回目の夏の甲子園出場を決めています。
甲子園の登録メンバーでは背番号が変更され、末吉投手が1、新垣投手が10となりました。
新垣投手も「末吉がエース」と認め、チーム内での信頼を示しています。
7月31日の甲子園練習では、比嘉公也監督が、沖縄大会より力が抜けて状態がよくなっているという趣旨の評価をしました。
ただし、最速147キロを記録して背番号1に戻ったことと、左肘が完全に治ったことは同じではありません。
2026年8月現在は、先発と救援の両方で実戦復帰し、球速も戻りつつある一方、連戦や長いイニングでの状態は引き続き確認が必要という段階です。
最速150キロの直球とスライダーの特徴・成績

末吉投手の最大の武器は、強靱な下半身から投げ込む最速150キロの直球と、空振りを奪えるスライダーです。
身長175cmと投手として特別に長身ではありませんが、体重約90kgのがっちりした体格をしています。
中学時代の丸太走と高校での下半身強化によって作られた太ももが、投球時に身体を支える土台となっています。
最速150キロを記録したのは、沖縄尚学高校1年秋の県大会です。
ただ速いだけではなく、本人が「重い球質」と表現する直球で打者を詰まらせ、内野ゴロに打ち取れる点も特徴です。
主に使用していると報じられている球種は次のとおりです。
- 最速150キロの直球
- 横方向へ大きく曲がるスライダー
- 縦方向に変化するスライダー
- カーブ
- チェンジアップ
- スプリット系の落ちる球
- ツーシーム
球種の名称は媒体によって「フォーク」「スプリット」と表記が異なります。本人が状況に応じて握りや落ち方を調整している可能性がありますが、別々の球種として投げ分けているかは確認できません。
なかでも、プロのスカウトから高く評価されているのがスライダーです。
2025年春のセンバツで横浜高校に敗れた後、試合を終わらせる決め球が不足していると感じ、スライダーを磨き直しました。
パドレスの松井裕樹投手を参考にした大きなスライダーは、左打者から逃げ、右打者の内角へ食い込む軌道を描きます。
2026年春のセンバツを視察したスカウトからは、スピン量と切れがあり、プロでも左打者が対応するのは難しい水準だと評価されました。
末吉投手の実績を象徴するのが、2025年夏の甲子園です。
- 登板:6試合
- 先発:3試合
- 投球回:34回
- 被安打:24
- 奪三振:39
- 自責点:4
- 防御率:1.06
- チーム成績:全国優勝
金足農業戦では9回を3安打、14奪三振、無四球で完封しました。
仙台育英戦では延長11回を169球で完投。決勝の日大三戦では8回途中から救援し、最後の打者を併殺に仕留めて胴上げ投手になりました。
一方、2026年春は前年夏より直球の球速が落ち、力んで投げる場面も指摘されています。
スライダーの威力を最大限に生かすには、直球の球威と制球をどこまで安定させられるかが重要です。
沖縄大会決勝で記録した147キロは復調を示す材料ですが、末吉投手の価値は最高球速だけでは判断できません。
直球とスライダーを軸に、カーブや落ちる球を組み合わせ、調子が上がらない試合でも組み立てられる投球術が、本当の強みです。
各球団スカウトの評価とドラフト1位候補の理由
末吉投手は2026年ドラフト1位候補の一人ですが、現時点で1位指名が確実と決まったわけではありません。
高く評価されている理由は、最速150キロという数字だけではありません。
高校生左腕としての完成度、複数の変化球、全国大会での実績、強い下半身、試合を作る能力が総合的に評価されています。
2026年春までに報じられた、主なスカウト評価は次のとおりです。
| 球団・スカウト | 主な評価 |
|---|---|
| 中日・山田スカウト | 高校生ながら完成度が高く、プロ入り後も比較的早く一軍戦力になれる可能性がある |
| 中日・永野アマスカウトチーフ | 高校生左腕では最上位級で、ドラフト上位24人に入るクラス |
| DeNA・八馬アマスカウティンググループリーダー | 修正すべき部分はあるものの、投げる能力そのものが高い |
| 巨人・榑松スカウトディレクター | 力感を抑えた柔らかい投球と、身体を絞った点を評価 |
| ソフトバンク・永井編成育成本部長 | 球質と変化球を評価し、高校生の中ではトップクラスの完成度がある |
| 日本ハム・大渕CBO補佐 | 直球でも変化球でも空振りが取れ、すでにプロを狙える水準 |
2026年春のセンバツでは沖縄尚学が初戦で敗れましたが、末吉投手は5回まで帝京打線を1安打に抑え、7回まで無失点でした。
スカウトからは、直球の強さや腕の振りに加え、チェンジアップや落ちる球を使える点も評価されています。
特にスライダーについては、スピン量と切れがあり、高校生だけでなくプロの左打者でも対応が難しい可能性があると評されました。
一方で、高い期待を受けているからこそ、課題も厳しく見られています。
- 左肘の状態と再発の可能性
- 最速150キロの直球を安定して投げられるか
- スライダー以外の変化球の精度
- 投球フォームの再現性
- 長いイニングや連戦でのコンディション
特に左肘の状態は、ドラフト評価を左右する重要な要素です。
高校生投手の場合、現在の球速や完成度だけでなく、プロ入り後も継続して投げられる身体かどうかが確認されます。
それでもドラフト1位候補に挙げられるのは、全国の大舞台ですでに結果を残しているからです。
2年生エースとして夏の甲子園を制し、U-18日本代表にも唯一の2年生として選出。U-18ワールドカップでは決勝のアメリカ戦を含む3試合に先発し、準優勝を経験しました。
直球の調子が上がらない試合でも、変化球と投球術を使って試合を作れる点は、同世代の投手と比較した際の強みです。
本人は2026年春のセンバツ敗退後、進路について「プロ一本」の考えを示しています。
最終的な指名順位は、夏の甲子園での投球内容、左肘の状態、プロ志望届提出後の各球団の評価によって決まります。
現時点で正確にいえるのは、末吉投手が2026年ドラフトの有力な上位候補であり、左肘の状態と夏の投球次第では1位指名の可能性があるということです。
いかがでしたでしょうか?
末吉良丞投手の強さは、太もも71cmという体格だけでなく、中学時代から積み重ねてきた努力によって生まれました。
野球未経験の両親による支えや、弟と妹を思いやる長男としての素顔も、その成長を語るうえで欠かせません。
左肘の状態と甲子園での投球、2026年ドラフトでどの球団が評価するのか、今後の動向にも注目が集まります。