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男子バレーボール界で注目を集める西山大翔選手。193cmの恵まれた体格を生かしたプレーで活躍していますが、経歴を調べると「大学中退」という気になる経歴があります。
東海大学へ進学したものの、なぜ途中で大学を辞めることになったのでしょうか。また、一度バレーボールから離れた西山大翔選手が、どのようにトップレベルの舞台へ戻ってきたのかも気になるところです。
この記事では、西山大翔選手が東海大学を中退した理由をはじめ、東海大相模高校時代やプロ入りまでの経歴、日本代表として活躍するまでの歩みを詳しく紹介します。
西山大翔はなぜ大学中退した?

西山大翔選手は、東海大相模高校から東海大学へ進学したものの、入学からわずか約5カ月で大学を中退しています。
高校時代から注目され、大学でもバレーボールを続けていた西山大翔選手だけに、「なぜ大学を辞めたの?」と気になる人も多いのではないでしょうか。
本人のインタビューを確認すると、ケガや実力不足などが理由だったと公表されているわけではありません。大学の環境が自分に合わなかったことを明かしており、その時期にはバレーボールへの気持ちも失っていたといいます。
ここでは、東海大学への進学から中退、そして競技復帰までを順番に見ていきます。
東海大学進学後に大学を中退した経緯
西山大翔選手は、東海大学付属相模高校を卒業後、2021年4月に東海大学へ進学しました。
東海大学は大学バレーの強豪として知られており、西山選手も高校時代から実績を積んでいたことから、そのまま大学でも競技を続ける道を選んでいます。
しかし、大学生活は長く続きませんでした。2023年5月の日刊スポーツによると、西山大翔選手は東海大学へ入学してから約5カ月で中退しています。
中学2年生から本格的にバレーボールに取り組み、高校、大学へと競技を続けてきただけに、大きな方向転換だったことが分かります。
さらに大学を離れただけではなく、この時点ではバレーボールそのものに対する意欲も失っていました。
その後はボールにも触れず、自宅で漫画やアニメを見て過ごす時期があったことを本人が明かしています。
西山大翔が東海大学を辞めた理由とは
西山大翔選手が東海大学を中退した具体的な理由について、本人が詳しい人間関係や出来事まで公表しているわけではありません。
日刊スポーツのインタビューでは、大学を辞めた理由について「環境が合わなくて、ちょっとやりづらくなった」と振り返っています。
そのため、「部内でトラブルがあった」「成績が原因だった」などと断定できる根拠は、確認した範囲ではありません。
当時は大学だけでなく、長く続けてきたバレーボールについても「もういいかな」と感じるほど、競技への意欲を失っていたと報じられています。
つまり、公表されている内容から確認できるのは、東海大学での環境が自分に合わず、バレーボールへのモチベーションも低下したことです。
それ以上の詳しい事情については本人が明らかにしていないため、憶測と事実を分けて見る必要があります。
大学中退後にバレーを離れ復帰したきっかけ
大学中退後、西山大翔選手は一時的な休養ではなく、バレーボールから完全に離れるつもりだったことを明かしています。
FNNプライムオンラインの本田真凜さんによるインタビューでは、「完全に離れようと思って」と振り返り、仕事を探そうとしていた時期があったと語っています。
転機となったのが、当時Vリーグのパナソニックパンサーズからの誘いでした。西山選手が東海大学に在籍していたころ、別の選手を視察していたパナソニックのスタッフが西山選手のプレーにも注目していたことが、後のオファーにつながったと日刊スポーツは報じています。
大学を辞めて競技から離れていた西山選手にとって、この誘いは大きな転機になりました。「このままではダメだ」と再び気持ちを切り替え、入団を決断。2022年6月にパナソニックパンサーズへ正式加入し、約9カ月のブランクを経て本格的にバレーボールの世界へ戻ることになります。
大学中退によって一度は途切れたように見えた西山大翔選手の競技人生ですが、プロチームから届いた一本のオファーによって、再び大きく動き始めたのです。
西山大翔の高校時代とこれまでの経歴

出典元:サンスポ
西山大翔選手は、中学2年生から本格的にバレーボールを始め、東海大相模高校で一気に注目を集めた選手です。
高校1年生ですでに身長193cmほどあり、高い打点から放つスパイクを武器に全国大会へ出場。その後は大学中退という大きな転機を経験しましたが、パナソニックパンサーズから声がかかり、トップリーグの舞台へ進みました。
現在は大阪ブルテオンに所属し、国内リーグだけでなく日本代表にも名を連ねています。
東海大相模高校で注目された高校時代
西山大翔選手は、神奈川県の強豪・東海大学付属相模高校に進学し、1年生から主力として注目されました。
日刊スポーツによると、高校1年時に東海大相模の16年ぶり3度目となる春高出場に貢献。当時すでに身長193cmで、高い打点から打ち下ろすスパイクを武器に、神奈川県予選を勝ち抜く原動力となりました。
春高の全国大会でもウイングスパイカーとして出場し、強打で得点を挙げています。当時の三上稔監督は、西山選手について将来性を高く評価しており、経験の浅い1年生ながら思い切ってプレーさせていたことも紹介されています。
西山選手がバレーボールを始めたのは中学2年生からと比較的遅めです。それでもわずか数年で全国大会に出場する選手へ成長したことからも、高校時代にはすでに高さと攻撃力が大きな武器になっていたことが分かります。
大阪ブルテオンに加入するまでの経緯
高校卒業後、西山大翔選手は2021年4月に東海大学へ進学しましたが、約5カ月で中退し、一度バレーボールから離れています。そんな西山選手に転機が訪れたのは、大学を辞めた後でした。
日刊スポーツによると、東海大学在籍時に別の選手を視察していたパナソニックパンサーズのスタッフが西山選手のプレーに注目。その縁から、2021年末ごろにチームから声がかかりました。
競技を続けるつもりがなかった西山選手でしたが、このオファーをきっかけに再びバレーボールへ向き合うことを決意します。
そして2022年6月にパナソニックパンサーズへ正式加入し、同年10月にはVリーグデビューを果たしました。
2024-25シーズンからチーム名が「大阪ブルテオン」へ変更されましたが、西山選手は契約を更新し、引き続きチームの一員としてプレーしています。
つまり、大阪ブルテオンへの道は高校や大学からそのまま進んだものではなく、一度競技を離れたところから再びつかんだチャンスだったのです。
プロ入り後の成長とSVリーグでの活躍
西山大翔選手は、2022年6月にパナソニックパンサーズへ加入した後、約9カ月のブランクを取り戻しながらトップリーグで経験を積んでいきました。
加入直後の2022年8月には、アジアU20男子バレーボール選手権の日本代表メンバーに選出。当時はアウトサイドヒッターとして大会に出場しています。
その後は193cmの身長と高い攻撃力を生かし、オポジットとしてもプレー。2023年には男子日本代表登録メンバーに初選出されるまでに成長しました。
2024-25シーズンからVリーグに代わってSVリーグがスタートし、所属チームも大阪ブルテオンへ名称変更。西山選手もトップレベルの選手がそろうチームの中で競争を続けています。
大阪ブルテオンは2025-26シーズンのSVリーグで優勝しており、西山選手もそのチームに所属。さらに、2026年度男子日本代表にもオポジットとして登録されています。
大学中退後には一度バレーボールを辞めることまで考えていた西山選手ですが、プロ入り後はU20代表、SVリーグ、日本代表へと着実に舞台を広げています。
西山大翔が日本代表になるまでの歩み

西山大翔選手は、一度バレーボールから離れた時期を経てプロ入りし、その後は日本代表にまで選ばれる選手へ成長しました。
大学中退後に競技へ復帰したのが2022年。その翌年には早くも男子日本代表の登録メンバーに名を連ねています。
現在は大阪ブルテオンに所属し、193cmの高さを生かしたオポジットとして国内外の舞台でプレーしています。
西山大翔が日本代表に選ばれた経歴
西山大翔選手が男子日本代表の登録メンバーに初めて選ばれたのは2023年です。
日本バレーボール協会が発表した2023年度男子日本代表メンバーでは、当時20歳の西山選手がオポジットとして登録されています。
さらに同年5月に行われた中国との国際親善試合では、15人の出場メンバーにも選出されました。
その後も代表入りは続き、2024年、2025年、2026年と4年連続で男子日本代表登録メンバーに選出されています。
2025年には男子世界選手権の日本代表メンバーにも選ばれ、背番号18で大会メンバー入りしました。
大学を中退し、一度はバレーボールを離れていた選手が、競技復帰から短期間で日本代表にまで到達した点は、西山大翔選手の経歴の中でも大きな特徴といえます。
身長193cmのオポジットとしての特徴
西山大翔選手は、身長193cmのオポジットとしてプレーしています。オポジットは、主に前衛と後衛から強力なスパイクを打ち、得点源としての役割を担うポジションです。
西山選手は193cmの高さに加え、強いスパイクを打ち込める攻撃力が特徴。高校時代から高い打点を武器として注目されてきました。
現在の男子日本代表には、西田有志選手や宮浦健人選手など、オポジットとして実績を持つ選手もいます。その中で西山選手が代表メンバーに入り続けていることからも、このポジションで競争を続けていることが分かります。
2026年度代表では、西山選手と髙橋慶帆選手がオポジットとして国際親善試合メンバーに入るなど、若い世代の選手たちも台頭しています。
高さと攻撃力をどこまで国際レベルで発揮できるかが、西山大翔選手を見るうえで注目したいポイントです。
現在の所属先と今後注目される活躍
2026年9月現在、西山大翔選手は大阪ブルテオンに所属し、背番号18のオポジットとして登録されています。
大阪ブルテオンには、日本代表でも活躍する西田有志選手をはじめ、各ポジションに実力ある選手がそろっています。
チームは2025-26シーズンのSVリーグで優勝しており、西山選手にとっても高いレベルでポジション争いを続ける環境となっています。
代表では2026年度の男子日本代表メンバーにも選出され、カタールとの国際親善試合にもオポジットとして登録されています。
西山選手は2003年3月4日生まれで、2026年9月時点では23歳。まだ若く、クラブと日本代表の両方で経験を積んでいる段階です。
今後は大阪ブルテオンでどれだけ出場機会を増やせるか、そして日本代表のオポジット争いの中でどのような存在感を示していくのかが注目されます。
いかがでしたでしょうか?
西山大翔選手は、大学中退や一度競技を離れた経験を経て、トップレベルの舞台へ戻ってきました。
高校時代から大阪ブルテオン加入、日本代表までの歩みを知ると、その経歴がより印象的に感じられます。
これからどのような活躍を見せてくれるのか、西山大翔選手のさらなる成長にも注目です。