*アフィリエイト広告を利用しています。
「マリリン」の愛称で親しまれる本橋麻里さんは、2012年に一般男性と結婚し、2人の息子を育てています。
夫や周囲の支えを受けながら競技を続け、平昌五輪では銅メダルを獲得。2024年には選手活動の休止を発表し、現在はロコ・ソラーレの代表理事としてチームを支えています。
旦那との馴れ初めや子供の人数・年齢はもちろん、若い頃に注目された理由から、選手と運営の両方を経験してきた歩みまで、本人の発言や公式情報をもとに紹介します。
本橋麻里の結婚|旦那との馴れ初め

本橋麻里さんは、2012年5月に北海道出身の一般男性と結婚しました。夫婦の出会いの細部は明らかになっていませんが、本人のインタビューからは、地元でチームを立ち上げる時期と、結婚に至る歩みを確認できます。
2012年5月に結婚|相手は北海道出身の一般男性
本橋麻里さんが結婚したのは、2012年5月、25歳のときです。結婚相手については「デイリースポーツ」などが、北海道出身の一般男性と伝えています。
当時の本橋さんは、すでにトリノ五輪とバンクーバー五輪への出場を経験していました。2010年には地元の北見市でロコ・ソラーレを結成しており、結婚は新しいチームの基盤を築いている時期の出来事でした。
日本スポーツ振興センターが2016年に行ったインタビューでも、本人が2012年、25歳で結婚したと説明しています。誕生日が6月10日のため、結婚した5月の時点では26歳になる前でした。
夫の仕事や勤務先については、今回確認した本人インタビューや報道では、具体的な裏付けを確認できませんでした。一方、結婚後の夫婦の関わりについては、本橋さん自身が競技継続への理解や家庭での協力を語っています。
出典:デイリースポーツ(2019年7月11日)/日本スポーツ振興センター・本橋麻里さんインタビュー(2016年取材)
旦那との馴れ初めは?出会いと交際の確認情報
馴れ初めについて確認できるのは、地元でチームを作るために北海道へ戻り、その後に出会いがあって結婚したという本人の説明です。初対面の場所や交際期間、プロポーズの詳しい経緯までは、今回確認した資料では明らかになっていません。
日本スポーツ振興センターのインタビューで、本橋さんは、2010年のバンクーバー五輪後に地元へ戻った理由を、新しいチームを作るためだったと説明しています。結婚の予定があったから帰郷したわけではないと、本人が区別している点が重要です。
つまり、競技生活を終えて結婚したのではなく、地元でカーリングを続ける道を選び、その歩みの中で夫との結婚に至ったという順序です。
「幼なじみの紹介」とする情報もネット上にはありますが、今回の調査では根拠となる本人発信や取材記事を確認できませんでした。出会いの細部を推測するより、本人が語った帰郷と結婚の経緯を押さえることで、当時の選択が見えてきます。
出典:日本スポーツ振興センター・本橋麻里さんインタビュー(2016年取材)
結婚後も競技を継続|本人が語った夫の理解
本橋麻里さんの夫は、結婚や出産を理由に競技をやめる必要はないという考えで、本人の活動を受け止めていたそうです。
2023年5月14日公開の「web Sportiva」のインタビューで、本橋さんは、競技を続けることについて夫とどのように話していたかを聞かれ、「続けられる環境があるなら続けたらいいんじゃない?」と言ってくれたと明かしています。
ただし、子供が生まれた後は、独身時代と同じように遠征へ出発できるわけではありません。夫婦で事前に予定を立て、連絡を取り合い、子供を優先して準備することを話し合っていました。競技継続への理解が、日々の調整にもつながっていたことが分かります。
また、本橋さんは10代のころから、家族の協力を受けて競技を続ける海外の女性選手を見ていました。結婚と競技のどちらかを選ぶのではなく、両方を続けたいという思いに、夫の理解と具体的な協力が重なっていたのです。
出典:web Sportiva・本橋麻里さんインタビュー(2023年5月14日)
本橋麻里の子供は何人?家族構成を紹介

本橋麻里さんの子供は、長男と次男の2人です。夫と息子2人の4人家族で、競技や遠征を続けていた時期には、夫や両親、地域の人たちの協力を受けながら育児に取り組んできました。
子供は息子2人|長男と次男の誕生日・年齢
本橋麻里さんには、2015年生まれの長男と、2020年生まれの次男がいます。公表された誕生日をもとにすると、2026年10月16日時点の年齢は次のとおりです。
- 長男:2015年10月19日生まれ、10歳
- 次男:2020年1月2日生まれ、6歳
長男の誕生は、2015年10月27日に公式ブログで報告されました。「ORICON NEWS」によると、本橋さんは同月19日に出産し、赤ちゃんの丸い顔が自分に似ていることを喜んでいたそうです。
次男については、2020年1月7日にチームのブログで出産を報告。生まれた日は同月2日で、報告日とは異なります。本橋さんは、ロコ・ソラーレを応援する仲間がまた1人増えたという表現で、家族が増えた喜びを伝えていました。
兄弟の年齢差は約4年2カ月です。長男は2026年10月19日に11歳となるため、現在の年齢を確認する際には、記事の基準日と誕生日を合わせて見る必要があります。
出典:ORICON NEWS・第1子出産報告(2015年10月27日)/ORICON NEWS・第2子出産報告(2020年1月7日)/日刊スポーツ(2020年1月7日)
夫と息子2人の4人家族|遠征中の育児と周囲の協力
本橋麻里さんは、夫婦で役割を分担し、家族や地域の人にも頼る形で、子育てと競技生活を両立してきました。
2023年の「CHANTO WEB」のインタビューでは、遠征中の育児を夫や両親にお願いし、保育士資格を持つチームメイトの母親にも力を借りていたと説明しています。保育園の送り迎えも夫婦で分担し、シーズン中とシーズンオフでは生活の予定を変えていました。
息子を遠征に連れて行く場合もあり、夫に長男を任せ、自分は次男と出かけるという分担もあったそうです。遠征先で頼んでいたシッターには、子供の成長を一緒に喜んでもらうこともありました。
また、2018年の平昌五輪では、夫が長男を連れて韓国へ来てくれたと、講談社「コクリコ」の取材で振り返っています。一緒に散歩や食事をした時間は、大会の緊張から離れられるひとときでした。家族との交流と周囲の育児協力が、氷上での挑戦を支えていました。
出典:CHANTO WEB・育児と競技の両立に関するインタビュー/CHANTO WEB(2023年4月27日)/講談社「コクリコ」(2021年6月25日)
子育てで変わった考え方|本人が語る家庭での気づき
本橋麻里さんは、子育てを通じて、予定どおりにいかない出来事への対応や、気持ちの切り替えができるようになったと語っています。
「CHANTO WEB」の取材では、大切な予定がある日に子供が熱を出すと、以前は自分の対応に原因があったのではないかと落ち込んでいたと明かしました。しかし、起きたことを受け止め、予定や自分の考え方を切り替える経験を重ねたそうです。
その中で身についたものとして挙げているのが、トラブルへの対応力、柔軟性、複数のことを進める力です。時間の使い方や優先順位の判断も早くなり、すべてを同じ力加減でこなそうとせず、力を入れる場面を選べるようになったと話しています。
子供たちに対して大切にしているのは、ずっと自分のそばに置くことより、社会へ出ていけるように育てること。周囲に助けられた経験から、人の痛みを理解し、困っている人を助けられる人になってほしいという思いも語っています。
出典:CHANTO WEB・子育てで得た対応力についてのインタビュー(2023年4月27日)/CHANTO WEB・育児への思いを語ったインタビュー
本橋麻里の若い頃と現在|ロコを支える役割

本橋麻里さんは、19歳で出場したトリノ五輪をきっかけに広く知られるようになりました。その後は自らロコ・ソラーレを立ち上げ、選手としてだけでなく、長く競技を続けられる環境づくりにも取り組んできました。
12歳でカーリングを開始|トリノ五輪で注目された若い頃
本橋麻里さんがカーリングを始めたのは、北海道の常呂町で暮らしていた12歳のころです。幼い頃からスピードスケートなどの氷上競技に親しみ、地域のカーリング関係者に誘われて競技を始めました。
2026年3月公開のセイコーのインタビューでは、始めた当初は勝敗よりも、競技そのものを楽しむ気持ちが大きかったと振り返っています。そこから経験を重ね、17歳で日本代表入り。2005年にはチーム青森へ正式に加入しました。
全国的に注目されるきっかけとなったのは、2006年のトリノ五輪です。当時19歳だった本橋さんは、日本代表の一員として7位入賞。「マリリン」の愛称で親しまれるようになります。
ただ、本人にとっては華やかな経験ばかりではありませんでした。代表入りから20歳ごろまでの変化が大きく、気持ちの整理が追いつかない部分もあったそうです。五輪出場後、競技を楽しむだけでなく、日本代表としての責任を背負う仕事なのだと、徐々に受け止めていったと語っています。
出典:セイコー「時とアスリート・本橋麻里」前編(2026年3月30日)/スポーツビズ・本橋麻里プロフィール
2010年にロコ・ソラーレ創設|平昌五輪の銅メダルへ
本橋麻里さんは、2010年8月、24歳で地元・北見市にロコ・ソラーレを創設しました。転機となったのは、同年のバンクーバー五輪で見た強豪国のチームづくりでした。
長年一緒に戦うベテラン選手たちの姿に触れ、時間をかけて強くなる環境の必要性を感じたそうです。地域に根ざすこと、結婚や出産など人生の変化に対応すること、選手が自主的に考えることを、チームづくりの軸に据えました。
創設後すぐに五輪へ進めたわけではなく、2014年のソチ五輪は出場を逃しました。その後、2016年に日本選手権初優勝と世界選手権銀メダルを達成し、2018年の平昌五輪では、日本カーリング史上初の銅メダルを獲得します。
このとき本橋さんは、リザーブとしてチームを支える立場でした。投球する4人に入ることだけでなく、チーム全体が力を発揮するための役割を担った点が、平昌での本人の実績を理解するうえで重要です。
出典:セイコー・本橋麻里インタビュー(2026年3月30日)/ロコ・ソラーレ公式・チームヒストリー/スポーツビズ・競技歴
2024年に選手活動を休止|現在は代表理事として活動
本橋麻里さんは、2024~25シーズンから選手活動を休止し、チームを支える仕事に取り組んでいます。2024年8月19日の発表を伝えた「ORICON NEWS」では、当時所属していた3チームをサポートする方針が紹介されました。
現在の公式サイトでも、本橋さんは一般社団法人ロコ・ソラーレの代表理事として掲載されています。2010年のチーム創設と、2018年の一般社団法人設立は別の節目で、法人化後は組織を運営する役割も担ってきました。
2026年3月のセイコーの取材記事では、選手が競技に集中できる環境の整備、スポンサーや地域との関係づくり、子供たちがカーリングに触れる機会づくりなどが紹介されています。
こうした活動は、試合のようにすぐ勝敗が出る仕事ではありません。数年先の選手育成や、地域で競技が続いていく仕組みを考えることが、現在の役割になっています。「選手活動休止」はカーリングから離れることを意味せず、関わり方を変えながら競技を支える選択でした。
出典:ORICON NEWS・選手活動休止の発表(2024年8月19日)/ロコ・ソラーレ公式・スタッフ紹介/セイコー「時とアスリート・本橋麻里」後編(2026年3月31日)
- 氏名: 本橋麻里(もとはし まり)
- 愛称: マリリン
- 生年月日: 1986年6月10日
- 年齢: 40歳(2026年10月16日時点)
- 出身地: 北海道常呂郡常呂町(現在の北見市)
- 身長: 160cm(2018年平昌五輪のJOC掲載値)
- 体重: 58kg(同大会当時のJOC掲載値。現在の体重ではありません)
- 血液型: A型
- 学歴: 北海道常呂高校→青森明の星短期大学→日本体育大学
- 職業・役職: 一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事
- 所属・活動拠点: ロコ・ソラーレ
いかがでしたでしょうか?
本橋麻里さんは、夫や周囲と協力して2人の息子を育てながら、カーリングに携わってきました。
若い頃の五輪出場からロコ・ソラーレ創設、代表理事としての活動まで、その役割は変化しています。
家族との日々と競技への思いを知ることで、チームを支える現在の姿も、より身近に感じられます。