野菜の値上がりや物価のニュースでおなじみの「アキダイ社長」こと秋葉弘道さん。親しみやすい受け答えが印象的ですが、幼い頃は人前で話すことが苦手だったそうです。
高校時代の八百屋のアルバイトで商売の楽しさを知り、1992年にアキダイを創業。店を手伝った妻や双子の娘、孫についてのエピソードも取材で紹介されています。
この記事では、若い頃からの経歴と家族との関係、テレビに出る理由を、本人へのインタビューや報道をもとに紹介します。
アキダイ社長・秋葉弘道は何者?若い頃と経歴

出典元:産経新聞
秋葉弘道さんは、1992年にスーパー「アキダイ」を創業した経営者です。テレビで見せる親しみやすい受け答えの原点には、少年時代の出会いや、八百屋でお客さんと向き合った経験があります。
最初から話し上手だったわけではなく、仕事も一度は会社員を選んでいました。現在の姿につながった転機を、本人へのインタビューからたどります。
口下手だった少年時代|恩師との出会いと応援団長の経験
秋葉弘道さんは、幼い頃は自分の気持ちを言葉にすることが苦手だったと振り返っています。ちょっかいを出されても言葉が出ず、手が出てしまい、学校で叱られることも多かったそうです。
そんな秋葉さんを受け止めてくれたのが、小学2年生から3年間担任を務めた吉野雅美先生でした。授業で答えに詰まっても急かさずに待ち、伝えたいことをくみ取って言葉にしてくれたといいます。
卒業の際には、先生から涙ながらにけんかをやめるよう諭され、その約束を守ってきたと語っています。
さらに大きな転機となったのが、中学3年生の体育祭で応援団長を務めた経験です。2026年時点の「社長名鑑」のインタビューでは、自分が大声で発した言葉を皆が復唱してくれることが楽しく、人前で話す苦手意識が薄れたと説明しました。
高校では生徒会長にも当選。購買部で弁当を買えるようにするという公約を実現し、周囲から頼られる存在になっていきました。
出典:週刊女性PRIME(2021年1月30日掲載)、社長名鑑・秋葉弘道さんインタビュー(2026年1月時点)
高校時代に桃130箱を完売|八百屋で見つけた商売の楽しさ
秋葉弘道さんが八百屋の仕事に出会ったのは、高校時代です。「週刊女性PRIME」の取材によると、アルバイト先の青果店で、桃を1日130箱売り切ったこともありました。
始めたきっかけは給料のよさでしたが、働くうちに接客や売り場づくりに夢中になります。勤務開始より30分早く店へ行き、届いた商品を売りやすいように並べていたそうです。
桃を売るときにも、ただ大声で呼び込むだけではありませんでした。お客さんにそっと声をかけ、食べ比べた中で甘かった桃を勧めるなど、伝え方を工夫していました。
早く売り切れれば翌日の仕入れを増やしてもらい、売れ残ると駅まで桃を担いで売りに行ったこともあったといいます。
やがて店の社長から原価を教わり、販売価格まで任されるようになりました。市場では「天才桃売り少年」と呼ばれたという秋葉さん。自分の工夫で商品が売れ、お客さんや店の人に喜ばれる経験が、商売を一生の仕事にする土台になりました。
会社員から八百屋へ|1992年のアキダイ創業まで
高校卒業後、秋葉弘道さんは大手メーカーに就職しました。しかし、検査部で働きながら思い出していたのは、身体を動かし、お客さんに声をかけて商品を売る八百屋の仕事でした。
自分に合う仕事を選び直し、会社を辞めて高校時代の青果店へ正社員として戻ります。早朝の市場では、先輩たちが朝食を取る間に仲卸を回り、野菜の目利きを教わっていたそうです。
その後は店長も経験。ただ、すぐ独立したわけではありません。「社長名鑑」のインタビューでは、起業前の半年間は運送業に就き、八百屋を生涯続けたいのか、自分の気持ちを確かめたと語っています。
独立を決めてからも、若さを理由に店舗を借りられず、ようやく見つけた物件では金融機関の融資も断られました。
それでも、自己資金200万円に親戚から借りたお金を足し、1992年3月、東京都練馬区関町でアキダイを開業。高校時代に知った商売の楽しさを、自分の店で追い求める日々が始まりました。
出典:週刊女性PRIME・会社員時代と青果店での修業、同・1992年の開業について、社長名鑑・起業前の経験について
- 氏名:秋葉弘道(あきば ひろみち)
- 生年:1968年
- 年齢:57〜58歳(2026年10月28日時点)
- 育った地域:埼玉県入間郡三芳町
- 学歴:埼玉県立狭山工業高等学校卒業
- 職業:スーパーマーケット経営者
- 所属・役職:株式会社アキダイ 代表取締役
アキダイ社長・秋葉弘道の妻と子供

秋葉弘道さんには、創業期の苦労をともに乗り越えた妻と、双子の娘がいます。家族の取材記事には、店を手伝う妻や、父親を励まそうとした幼い娘たちの姿が紹介されています。
娘が成長して仕事を支え、やがて孫も誕生。テレビでおなじみの社長とは少し違う、夫や父親としての姿をたどります。
21歳で結婚した妻|創業期をともに支えた店での日々
秋葉弘道さんは、21歳で結婚しました。妻はアキダイの開業当初から店を手伝い、夫と一緒に早朝から働いていた女性です。
1992年に開店したアキダイは、最初から繁盛していたわけではありません。2021年の「週刊女性PRIME」の取材によると、開店から3日目には客足が途絶え、店を手伝っていた妻も夫を心配していたそうです。
妻から「ひろくん、大丈夫?」と声をかけられると、秋葉さんは明るく答えていました。しかし、内心は不安でいっぱいだったと振り返っています。
当時は夜遅く帰宅して売り上げを計算し、眠るのは午前0時過ぎ。それでも朝は3時に起きる生活でした。妻はその秋葉さんよりも先に起きており、本人も、いつ眠っていたのだろうと思うほどだったといいます。
店の様子を気にかけながら、自らも働いて支えた妻。夫婦の呼びかけや当時の働き方からは、開業の喜びだけでなく、厳しい毎日も一緒に過ごしてきた関係が伝わります。
出典:婦人公論.jp(2025年1月31日掲載)、週刊女性PRIME(2021年1月30日掲載)
子供は双子の娘|取材で紹介された家族の姿
秋葉弘道さんの子供として取材で紹介されているのは、双子の娘です。父親が苦しいときには、自分たちなりの方法で励まそうとしたエピソードがあります。
支店の経営で資金繰りに行き詰まり、自家用車を手放したときのこと。まだ幼かった娘たちは泣き、代わりの車を粘土で作ったうえ、自分たちの小遣いまで差し出してくれたそうです。
成長した娘たちとは一緒に旅行することもあると、2021年の取材記事で紹介されています。
また、娘の由加里さんは、父親について、普段はめったに怒らない一方、人への思いやりには厳しかったと説明しています。子供の頃、友達におもちゃを貸さずにいたところ、強く叱られたことがあったそうです。
2023年10月のテレビ朝日の報道では、次女の遠峰由加里さんがアキダイの採用を担当し、人手不足に対応する姿も紹介されました。幼い頃に父を励ました娘が、仕事の面でも店を支えるようになったことが分かります。
出典:週刊女性PRIME(2021年1月30日掲載)、テレビ朝日「立ち向かう家族の支え」(2023年10月14日掲載)
娘・由加里さんに子供が誕生|初孫を迎えた心境の変化
2021年1月の取材記事では、前年に娘の由加里さんに子供が生まれ、秋葉弘道さんが初めて祖父になったことが紹介されています。
その記事では、父親を見送ったことと初孫の誕生が重なり、家族の世代がつながっていく経験を通じて、自身の考え方にも変化があったと伝えられました。
かつては支店を増やすことに強い意欲を持っていた秋葉さんですが、この取材では、欲しいものや事業拡大への気持ちが落ち着いたことを語っています。
代わって話したのは、いつか引退したら携帯電話を置いて旅に出たいという夢でした。世界を回って知識を得て、その経験を業界の人に役立てたいと考えていたそうです。
初孫の誕生は、家族の成長と自分のこれからを見つめる節目でもあったことがうかがえます。これは2021年当時の心境として語られたもので、店をすぐに離れるという発表ではなく、将来の暮らしについての思いでした。
アキダイ社長がテレビに出る理由と出演料

秋葉弘道さんにテレビ取材が集まる背景には、仕入れの現場と店頭の両方に立ち、野菜の価格や消費者の反応を具体的に伝えられる強みがあります。
本人は取材への協力を続けるうち、生産者の事情を伝えることにも使命感を持つようになったと話しています。テレビ出演料についての説明と、国会での発言も見ていきましょう。
なぜ取材が集まる?仕入れの現場から伝える価格情報
秋葉弘道さんの強みは、青果の仕入れから販売まで自ら関わり、値段が動く理由とお客さんの反応を把握していることです。
「ツギノジダイ」の取材では、複数の市場を利用しているため、一つの市場だけでは分からない状況も伝えられると説明しています。日々の仕入れで得る情報が、ニュースで価格の変動を解説する土台になっているのです。
また、取引先の生産者から、台風や豪雨、ひょうの被害を写した写真や動画が送られてくることもあるそうです。アキダイがテレビ取材に応じる店だと知られているため、産地の状況を伝えてほしいという思いが寄せられています。
一方、売り場では、値上がりした商品を前にしたお客さんの声も聞いています。
作る人、仕入れる人、買う人の事情をつなげて話せることに、取材依頼への対応の早さや親しみやすい受け答えが加わり、繰り返し取材される存在になったと記事では紹介されています。
出典:ツギノジダイ「大手傘下に入っても貫く『らしさ』 アキダイ社長が引き継ぐノウハウ」
テレビ出演はノーギャラ|本人が語った取材を受ける理由
秋葉弘道さんは、2025年4月8日掲載の「CHANTO WEB」の取材で、テレビ取材はすべてノーギャラで受けていると説明しています。
最初から取材が殺到していたわけではなく、依頼を引き受けて質問に答えるうち、少しずつ出演が増えていったそうです。基本的には取材を断らず、現場の情報を分かりやすく伝えることを心がけているといいます。
協力を続ける理由として語ったのが、生産者の事情を知ってもらいたいという思いでした。不作に加え、燃料費などの上昇によって、値上げせざるを得ない場合もあります。
また、見た目に傷があっても味に問題がない野菜について説明し、購入につなげることも、自分が担う役割だと考えているそうです。
価格の高い・安いだけでは伝わらない背景を届け、食べることで生産者を応援してもらいたい。こうした思いが、報酬を受け取らずに取材へ協力する理由として語られています。
出典:CHANTO WEB・秋葉弘道さんインタビュー(2025年4月8日掲載)
テレビから国会の参考人へ|消費者の暮らしを伝える姿勢

秋葉弘道さんは2026年10月27日、消費税減税をめぐる国会の参考人質疑に出席しました。FNNプライムオンラインは、店頭で消費者と接する立場から、暮らしの実態を伝えたと報じています。
当日も朝は店で働き、その後ジャケットに着替えて国会へ。本人は、普段と同じ気持ちで、庶民の言葉やスーパー業界の声を届けたいと話していました。
意見陳述では、特売日の開店前に並ぶお客さんが、以前の約100人から約200人になったと説明。少しでも安く買い、生活を守ろうとする消費者の姿を紹介しました。
減税については歓迎する気持ちとともに、税率変更に伴う価格表示の作り直しや、減税終了後の家計への影響を懸念しています。
減税がありがたいことと、将来も安心して暮らせることは別だという趣旨を伝えた秋葉さん。テレビで価格を解説するときと同じく、売り場で見聞きした具体的な出来事をもとに、自身の考えを述べました。
出典:FNNプライムオンライン「『庶民の言葉を伝えに』アキダイ社長が国会へ」(2026年10月27日掲載)
いかがでしたでしょうか?
アキダイ社長・秋葉弘道さんの原点には、若い頃に知った商売の楽しさと、家族とともに店を育ててきた日々があります。
テレビでの親しみやすい受け答えも、店頭でお客さんと向き合ってきた経験につながっています。
経歴や家族とのエピソードを知ると、いつものニュースで見かける姿にも、また違った親しみを感じられそうです。