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近藤健介選手は、2019年3月に一般女性と結婚し、3人の娘の父親になりました。結婚時には、妻と一緒に過ごす楽しさや手料理のおいしさを語っています。
一方、野球を続ける背景には、両親や7歳上の兄・洋介さんの存在がありました。2026年5月には兄の訃報を受けた後に本塁打を放ち、家族への思いを明かしています。
この記事では、妻との結婚や馴れ初めの確認状況、子供との暮らし、両親・兄弟との関係を紹介します。
近藤健介の嫁と子供|結婚と家庭での素顔

近藤健介選手は、一般女性の妻と3人の娘がいる5人家族です。結婚時には妻と過ごす心地よさを語り、子供が生まれてからのインタビューでは、成長を見守る喜びを明かしています。
出会いの詳細よりも、本人が語った夫婦の関係や子育ての言葉に、家庭での素顔が表れています。結婚から娘たちの誕生、父親として大切にしていることまでを紹介します。
嫁は一般女性|馴れ初めの確認状況と結婚の決め手
近藤選手の妻は、結婚当時、札幌市在住の20代の一般女性と紹介されています。2019年3月14日に婚姻届を提出し、翌15日に日本ハムから発表されました。
日刊スポーツによると、ホワイトデーを結婚日に選んだのは妻の希望でした。取材では照れながらも、妻の手料理はどれもおいしいと話しています。
結婚の決め手については、一緒にいると楽しく、気楽に過ごせることを挙げました。日常を自然体で共にできる関係だったことが、本人の説明から伝わります。
一方、出会った場所や交際開始の時期は、今回確認した結婚報道では明らかになっていません。「元ファイターズガール」という説も裏付けを確認できなかったため、妻の経歴として扱わず、本人が語った人柄を中心に紹介します。
子供は娘3人|長女と双子の誕生エピソード

近藤選手の子供は、長女と双子の妹たちの3人です。長女は2020年3月5日に誕生し、日本ハムが翌6日に公式サイトで発表しました。
発表に寄せたコメントでは、近藤選手はまず妻への感謝を伝えています。父親になったことで責任と自覚が増し、開幕へ向けて準備を整えたいという決意も示しました。
その後、2023年8月9日には、第2子・第3子となる双子の女児が誕生。近藤選手自身の30歳の誕生日と、双子の誕生日が同じになりました。
当日の取材では、双子と知ったときの驚きと、元気に生まれた喜びを説明。これからは自分の誕生日を祝ってもらえなくなるかもしれない、と冗談も交えていました。2026年10月24日時点では、長女が6歳、双子が3歳です。
出典:北海道日本ハムファイターズ公式・2020年3月6日発表/パ・リーグ.com掲載のスポーツ報知記事・2023年8月9日
父親としての子育て|本人が語った娘との時間
近藤選手は、VALXの本人インタビューで、夢中になっていることに子育てを挙げています。遠征などで毎日会えない分、久しぶりに帰宅した際に娘の成長を感じることが幸せだと語りました。
娘が父親のまねをしてバットを振ったり、ボールを投げたりすることもあるそうです。本人は将来、一緒にキャッチボールやゴルフを楽しむことにも期待を寄せています。
ただし、子供に野球を選んでほしいと決めているわけではありません。元気に育つことを第一に、自分が野球に出会ったように、何か夢中になれるものを見つけてほしいと説明しています。
父親の仕事を理解できる年齢まで、選手としての姿を見せたいという思いも明かしました。子供と遊ぶ楽しさに加え、成長を見届け、自分の挑戦する姿も伝えたいという気持ちがうかがえます。
出典:VALX「POWER OF HUMAN」近藤健介選手インタビュー
近藤健介の両親|野球を支えた家族の方針

出典元:first-pitch.jp
近藤健介選手の両親は、本人が選んだ道を支えることを大切にしてきました。父・義男さんの著書には、子供の希望を受け止め、挑戦できる環境を整えた家族の歩みが記されています。
近藤選手も、その経験を自身の子育てにつなげたいと話しています。父親の考え方、中学進学時の判断、次の世代へ受け継ぐ思いを紹介します。
父親・義男さんは元教員|息子の意思を尊重した子育て
父親の近藤義男さんは、公立中学校の教員や小学校の校長を務め、野球指導にも携わってきた人物です。出版社カンゼンの著者紹介によると、中学校では野球部の顧問を務め、教頭や校長も経験しています。
2025年7月には、近藤家の子育てを振り返った著書『世界一の侍選手の育ち方』を刊行しました。書名を「育て方」ではなく「育ち方」としたのは、息子自身が意思を持って進路を切り開いてきたと考えているためです。
義男さんが大切にしていたのは、好きなことに十分取り組める環境づくりでした。親が道筋を決めるよりも、本人の希望に付き合うことを重視していたと説明しています。
指導経験のある父親でありながら、息子の選択を出発点にしていたことが、著書で示される子育て方針の特徴です。
母親と家族の支え|中学進学に伴う引っ越し
近藤選手の修徳学園中学校への進学を支えるため、家族は通学しやすい場所へ引っ越しました。父・義男さんの著書を抜粋したスポーツナビの連載で、その経緯が紹介されています。
進学を決めたきっかけは、体験練習後に近藤選手自身が入学を希望したことでした。ただ、当時の千葉市の自宅からは通学に1時間以上かかり、朝練習や遠征時の早朝集合も課題になりました。
判断を後押ししたのは、母方の祖母の助言です。兄の海外留学を応援したように、弟が野球を続けるための引っ越しも支えられるのではないか、という趣旨でした。
その後、家族は京成大久保駅の近くへ転居。乗り換えなしで約30分で通える環境を整えました。本人の希望を、住まいや日々の生活を含めて支えた具体例といえます。
出典:スポーツナビ・近藤義男さん著書抜粋、2025年11月6日掲載
両親から受け継ぐ思い|自身の子育てに生かしたいこと
近藤選手は、自分が両親にしてもらったことを、できる限り子供にも経験させたいと語っています。父親の著書に収録され、文春オンラインでも公開されたインタビューで説明しました。
大切にしているのは、親の感覚だけで判断せず、子供自身が体験して感じたことを尊重する姿勢です。挑戦の中で得た実感を、本人にとって意味のある経験として受け止めたいと話しています。
同時に、親になると先に答えを教えたくなる気持ちもあるそうです。それでも、すぐに結論を示してしまわないよう意識していると明かしました。
両親の方針を振り返る言葉と、自身の子育てについての説明には、子供の意思や経験を重んじる共通点があります。支えられる側だった近藤選手が、今度は子供の挑戦を支える側になっていることが伝わります。
出典:文春オンライン・本人インタビュー、2026年3月19日掲載
近藤健介と兄・洋介さん|亡き兄に捧げた本塁打

近藤健介選手にとって、7歳上の兄・洋介さんは、幼い頃から野球を通じて関わってきた存在でした。兄は指導者としても野球に携わり、弟の自主トレーニングを手伝うこともあったと紹介されています。
2026年5月8日、近藤選手は兄の訃報を受けた後の試合で本塁打を放ちました。試合後の言葉には、兄との思い出と、両親の後押しを受けて打席に立った経緯が表れています。
7歳上の兄との関係|キャッチボールと野球への思い
兄・洋介さんは近藤選手の7歳上で、幼い頃によくキャッチボールをした相手でした。近藤選手は2026年5月8日の取材で、兄も野球が好きだったと振り返っています。
父・義男さんの著書を抜粋したスポーツナビの連載には、大人になってからの交流も記されています。洋介さんは、近藤選手が徳之島で行う自主トレーニングを手伝うことがありました。
また、2025年に掲載された同連載では、洋介さんが中学生の軟式クラブチーム「KCレンジャーズ」の監督を務めていたと紹介されています。弟がプロの選手として活躍する一方、兄は選手を教える立場で野球に関わっていました。
近藤選手が語ったのも、そうした兄の野球への情熱でした。兄弟の思い出に加え、異なる立場で同じ競技に携わってきた関係が見えてきます。
出典:スポーツナビ・近藤義男さん著書抜粋、2025年11月6日掲載/Full-Count・2026年5月8日公開
2026年5月8日の本塁打|試合後に明かした兄への思い
2026年5月8日のロッテ戦で、近藤選手は3回に先制の8号2ランを放ちました。舞台は、みずほPayPayドーム。両チーム無得点の2死一塁で打席が回ってきました。
日刊スポーツによると、相手先発・広池投手のスライダーを捉えた打球は右翼席へ。本塁へ戻った近藤選手は両手を合わせ、その後、涙を見せました。
試合後の取材で明かしたのは、2日前の5月6日に兄が亡くなっていたという出来事です。本塁打については、兄が見てくれていたのではないかという思いを語りました。
チームはこの日、6対5でサヨナラ勝ちを収めています。先制点をもたらした一打は、近藤選手自身の説明によって、亡き兄への思いが重なる本塁打として伝えられました。
両親に背中を押されて出場|本人が語った当日の経緯
近藤選手がこの日の出場を振り返る際に挙げたのは、両親からの言葉でした。Full-Countによると、兄も試合に出てほしいと思っているはずだから行っておいで、と送り出されたそうです。
これは、近藤選手が試合後の取材で説明した当日の経緯です。兄の野球好きな一面を知る両親が、グラウンドへ向かう息子の背中を押していました。
近藤選手は、そのような中で本塁打を打てたことを受け止め、兄が見てくれているのではないかという気持ちを伝えています。さらに、今後も自分にできることをチームの勝利につなげたいと話しました。
この日の出来事は、本塁打の場面だけでなく、球場へ向かう前の家族のやり取りと合わせて読むことで、より具体的に理解できます。本人が明かした言葉から、兄への思いと家族の支えが伝わります。
出典:Full-Count・2026年5月8日公開、同9日更新
氏名:近藤健介(こんどう けんすけ)
生年月日:1993年8月9日
年齢:33歳(2026年10月24日時点)
出身地:千葉県
身長:171cm体重:87kg
学歴:横浜高校
職業:プロ野球選手
所属:福岡ソフトバンクホークス
ポジション:外野手
背番号:3
投打:右投左打
球歴:北海道日本ハムファイターズ(2012~2022年)、福岡ソフトバンクホークス(2023年~)
いかがでしたでしょうか?
近藤健介選手が語った言葉からは、妻や娘たちと過ごす時間を大切にする姿が伝わります。
その原点には、本人の意思を尊重した両親と、野球を通じて関わってきた兄の存在がありました。
家族とのエピソードを知ることで、打席で見せる姿に加え、夫・父親・息子・弟としての一面も見えてきます。