高橋由伸の妻・小野寺麻衣と子供|結婚の馴れ初めや父親・母親、兄弟との関係を紹介

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高橋由伸さんの妻は、元日本テレビアナウンサーの小野寺麻衣さんです。

2006年に結婚し、2人の娘に恵まれました。グラウンドで見せる真剣な表情に加え、娘とバッティングセンターへ出かける父親としての一面も語られています。また、野球の原点には父親や2人の兄との時間があり、高校進学では母親の勧めが転機になりました。

この記事では、妻との馴れ初め、子供とのエピソード、実家の家族との関係から、高橋さんの素顔を紹介します。

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高橋由伸の妻・小野寺麻衣との馴れ初めと結婚

出典元:女性自身

高橋由伸さんは、2006年1月29日に小野寺麻衣さんと結婚しました。麻衣さんは当時、日本テレビのアナウンサーとして働いていました。

2人の出会いは知人の紹介による食事の席です。結婚発表時の報道には、互いに引かれた理由や、けがに向き合う高橋さんを麻衣さんが支えた様子が記されています。結婚後も、夫婦そろって観劇や恩師への弔問に訪れた姿が伝えられています。

知人の紹介で出会う|交際から2006年の結婚へ

2人が知り合ったのは2000年ごろで、本格的な交際が始まったのは2002年ごろです。結婚発表時の報道では、出会いが6年前、交際開始が4年前と説明されています。

日刊スポーツによると、きっかけは知人の紹介で一緒に食事をしたことでした。2人とも慶應義塾大学の出身ですが、最初に出会ったのは高橋さんがプロ入りした後です。

高橋さんは、自分とは性格が異なり、自分にない面を持つ麻衣さんと過ごす時間に楽しさを感じていたそうです。一方、麻衣さんは、プロ野球選手への華やかなイメージとは違う、高橋さんの飾らない様子に好感を持ったと紹介されています。

その後、交際を重ねて2006年1月29日に婚姻届を提出。翌30日、東京都内のホテルで2人そろって結婚発表の会見に臨みました。出会いから結婚まで、数年をかけて関係を育んできたことが分かります。

出典:日刊スポーツ「由伸が日テレ小野寺麻衣アナと入籍」/四国新聞社・2006年1月30日掲載

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結婚会見で語った思い|けがの時期を支えた妻

結婚を発表した当時、高橋さんはけがからの復帰を目指しており、麻衣さんの支えについても語っていました。

四国新聞社の2006年1月30日付記事によると、高橋さんは前年、故障が重なって出場が88試合にとどまり、同年12月には右足首の骨棘を取り除く手術を受けていました。結婚発表は、リハビリを続けながら次のシーズンに備える時期だったのです。

会見では、ここ2年間にけがが多かったことに触れ、麻衣さんのサポートを受けながら頑張っていきたいという思いを説明。麻衣さんも、好きな人と結婚できた喜びと、誠実に支えていきたい気持ちを伝えています。

日刊スポーツは、入院中や松葉づえを使う生活を麻衣さんが支え、手料理も食生活を整える助けになったと報道しました。華やかな結婚発表の背景には、療養中の生活を共に乗り越える、具体的な支え合いがありました。

出典:四国新聞社・2006年1月30日掲載/日刊スポーツ「由伸が日テレ小野寺麻衣アナと入籍」

夫婦での交流|観劇や恩師への弔問に同行

結婚後の2人については、夫婦で歌舞伎を観劇したことや、長嶋茂雄さんへの弔問に訪れたことが報じられています。

2024年9月14日、三田寛子さんは自身のSNSで、高橋さん夫妻が「第二回 神谷町小歌舞伎」の初日に足を運んだと紹介しました。デイリースポーツによると、麻衣さんから応援に行くという連絡があったそうで、三田さんと夫妻の3人で撮影した写真も公開されています。

また、2025年6月4日には、高橋さんが麻衣さんとともに、前日に亡くなった長嶋茂雄さんの自宅を弔問しました。取材に応じた高橋さんは、監督になってから長嶋さんと2人で話す機会が増え、支えてもらったことへの感謝を語っています。

観劇と弔問は、それぞれ異なる場面での出来事です。報道からは、文化を楽しむ機会にも、大切な恩師を見送る場にも、夫婦で足を運んでいた様子が伝わります。

出典:デイリースポーツ・2024年9月14日掲載/デイリースポーツ・2025年6月4日掲載

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高橋由伸の子供は娘2人|父親としての素顔

出典元:https://gtomoblog.com/

高橋由伸さんと妻・小野寺麻衣さんの間には、2人の娘がいます。本人が語った子育てのエピソードには、娘と体を動かして遊ぶ姿や、家族旅行を楽しむ様子が登場します。

ここでは、娘たちの誕生時期と、2019年の「イクメン オブ ザ イヤー」授賞式で明かした出来事を中心に、父親としての一面を紹介します。

長女は2008年・次女は2012年生まれ

長女は2008年9月、次女は2012年4月に誕生したと報じられています。クランクイン!の2024年9月15日付記事でも、2人の誕生時期が紹介されています。

この報道に基づくと、2026年10月時点の年齢は長女が18歳、次女が14歳です。4学年差の姉妹で、どちらも高橋さんが現役選手として巨人でプレーしていた時期に生まれました。

高橋さんが2015年限りで現役を引退した年、長女は7歳、次女は3歳を迎えています。その翌年から2018年までは巨人監督を務めており、娘たちは幼い頃から、選手、そして監督としてユニホームを着る父親を見て育ってきました。

娘たちの成長を高橋さんの歩みと重ねると、現役生活から監督業へと仕事が変わる間にも、子育てが続いていたことが分かります。次の見出しでは、本人が公の場で紹介した親子の時間を見ていきます。

出典:クランクイン!・2024年9月15日掲載/高橋由伸公式サイト「経歴」

娘とバッティングセンターへ|遊びを通じた子育て

高橋さんは、娘と一緒に体を動かし、実際に体験することを大切にしていると語っています。

ORICON NEWSによると、2019年10月15日の「イクメン オブ ザ イヤー」授賞式では、娘たちとバッティングセンターへ出かけたエピソードを紹介しました。

当時、長女は1人で打てるようになっていた一方、次女には高橋さんが付き添ってサポートしていたそうです。会場では、その様子を収めた写真も披露されました。

本人が伝えたかったのは、ボールを上手に打つことに加え、バットに当たったときの感触などを体で知る楽しさでした。娘それぞれのできることに合わせ、必要なところを手助けする接し方が、このエピソードから伝わります。

出典:ORICON NEWS・2019年10月15日掲載

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監督退任後に増えた家族時間|旅行と運動会の思い出

2018年の監督退任後、高橋さんは家族と過ごせる時間が増えたことを明かしています。

2019年の授賞式では、選手・監督時代には出かけられなかった夏の家族旅行の写真を紹介し、楽しんだ様子を語りました。一緒に過ごす時間が増えた娘たちについては、喜びとともに、ユニホーム姿の父親を見られない寂しさもあるのではないかと受け止めていました。

また、近く予定されていた娘の運動会では、父親が参加する競技への意欲も示しています。これは参加前の発言で、競技の結果を報告したものではありません。

仕事の変化によって生まれた時間を、旅行や学校行事へ向けていた高橋さん。家族と一緒に自分も楽しむ姿勢が、当時の言葉に表れています。

出典:ORICON NEWS・2019年10月15日掲載

高橋由伸の父親・母親と兄弟|野球の原点

出典元:Yahooニュース

高橋由伸さんの野球の原点には、父親からの指導と、兄たちと遊んだ時間があります。また、実家を離れて桐蔭学園高校へ進学する際には、母親の勧めが大きな後押しになりました。

本人のインタビューやトークショーでの発言からは、家族と野球を楽しんだ幼少期と、寮生活を通して自立していく過程が見えてきます。

父親は最初の指導者|幼い頃から親しんだ野球

高橋さんに初めて野球を教えたのは、高校まで野球を続けていた父親でした。慶應義塾のインタビューでは、千葉市郊外で育ち、幼い頃から父親のもとで野球に親しんでいたと振り返っています。

身近なものを練習道具にする工夫もありました。MOOSE STADIUMが掲載したトークショーの記録によると、父親は実家の周囲に生えていた竹を切り、練習に使っていたそうです。

高橋さんは、自分の背丈より長い竹を振ったり、バットほどの長さにした竹を投げたりしていました。長い竹を扱うには腕力だけでは難しく、全身の連動やタイミングが必要だったと説明しています。

後年、本人はこの練習を理にかなったものだったと評価しました。特別な設備を使う前から、父親との日々の練習で体の使い方を覚えていたことが分かります。

出典:慶應義塾「Keio Times」・2025年10月23日掲載/MOOSE STADIUM・2023年11月13日掲載

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母親が勧めた桐蔭学園|寮生活で感じた親のありがたさ

桐蔭学園高校への進学を強く勧めたのは母親です。高橋さんは慶應義塾のインタビューで、末っ子の自分を自立させるため、母親は全寮制の生活を望んだのだろうと振り返っています。

当初、父親は息子が家を出ることに反対し、高橋さん自身も乗り気ではなかったそうです。それでも進学後は、自分のことを自分で行う生活を経験しました。

トークショーでは、少年野球の頃は用具の準備や手入れまで親に任せていたことも説明しています。高校での共同生活は、それまで家族が担ってくれていたことを、自分で引き受ける機会になりました。

本人は高校3年間を通して生活する力が付き、親のありがたさを実感したと語っています。母親の勧めは、野球の強豪校を選ぶだけでなく、家庭の外で成長する転機にもなったのです。

出典:慶應義塾「Keio Times」・2025年10月23日掲載/MOOSE STADIUM・2023年11月13日掲載

兄弟は兄2人|一緒に野球を楽しんだ少年時代

高橋さんには兄が2人おり、3人兄弟の末っ子です。慶應義塾のインタビューでは、幼い頃の楽しみとして、父親や兄たちと一緒に野球をした時間を挙げています。

本格的に少年野球を始めるきっかけにも、兄の存在がありました。MOOSE STADIUMのイベントレポートによると、地域の少年野球へ通う兄の姿を追いかけ、見ているうちに自分も始めるようになったそうです。

本人は、遊びとして出会った野球をそのまま続けてきたと説明しています。最初からプロ入りを目標にしていたというより、家族との遊びや兄への関心が、競技に親しむ入り口でした。

父親が技術を教える存在だった一方、兄たちは野球を身近に感じさせる存在だったと整理できます。好きで得意なスポーツに早く出会えたことを、高橋さん自身も幸せなことだったと振り返っています。

出典:慶應義塾「Keio Times」・2025年10月23日掲載/MOOSE STADIUM・2023年11月13日掲載

高橋由伸さんのプロフィール

氏名:高橋由伸(たかはし よしのぶ)
生年月日:1975年4月3日
年齢:51歳(2026年10月24日時点)
出身地:千葉県千葉市
身長:180cm
体重:85kg(公式サイト掲載値)
学歴:桐蔭学園高校卒業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業
職業:野球評論家・解説者、元プロ野球選手、元読売ジャイアンツ監督
役職:読売新聞スポーツアドバイザー

いかがでしたでしょうか?

高橋由伸さんは、小野寺麻衣さんと結婚し、2人の娘との時間を大切にしてきました。

野球の原点をたどると、父親や兄たちとの遊び、母親が勧めた寮生活につながります。

家族について語った言葉からは、選手や監督としての姿に加え、夫・父親・息子としての一面も伝わってきます。