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神奈川代表の東海大相模高校のエース・藤田琉生(ふじた・りゅうせい)さん。
藤田琉生さんは身長198㎝の大型左腕投手で、高校生No.1ピッチャーと称される注目の選手です。
そんな藤田琉生さんの両親について気になる人が多いようです。
そこで今回の記事では、
の3つのポイントに沿って、藤田琉生さんについてご紹介したいと思います。
藤田琉生さんの両親は元バレーボール選手として知られています。
藤田琉生さんの父親の名前は藤田佳典さん(44歳)という方で、身長は185㎝あり、高校時代は藤嶺学園藤沢高校などでプレーした元バレーボール選手です。
また、藤田琉生さんの母親の名前は藤田賢枝さん(43歳)といい、身長は182㎝あり、結婚前は旧姓・松田賢枝の名前で、実業団チームの「NECレッドロケッツ川崎」で活躍していました。
母・賢枝さんは土浦日本大学高校時代には、「1998年アジアジュニア選手権」の日本代表に選ばれており、高校卒業後の2年半をNECでプレーしており、NEC時代にも「1999年世界ジュニア選手権」の日本代表にも選ばれています。
さらに、賢枝さんは現在もママさんバレーの強豪「羽島」でプレーする現役選手で、“羽島のエース”として名を馳せています。
元バレーボール選手の両親は、藤田琉生さんに「バレーをやって欲しいと言ったことはない。」と話しており、藤田琉生さんが野球を始めるきっかけは、賢枝さんの弟とのキャッチボールだったそうです。
因みに、藤田琉生さんには兄弟はおらず一人っ子とのことです。
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藤田琉生さんの出身中学は藤沢市立羽島中学校です。
藤田琉生さんは羽島中学時代は、硬式野球チーム「湘南ボーイズ」でプレーしていました。
藤田琉生さんは、母・賢枝さんの弟さんとキャッチボールをしていたのがきっかけで、小学1年生から「羽島ファイターズ」で野球を始めました。
湘南ボーイズ時代には全国大会優勝を経験し、同じクラブ出身で東海大相模OBの小笠原慎之介(中日)選手が帰省した際の練習風景を見学したのがきっかけで、プロの世界で活躍する先輩と同じ道を進んだそうです。
藤田琉生さんは、東海大相模高校では1年生の秋からベンチ入りしましたが、2年の夏の予選は夏前に左ひじを疲労骨折したためベンチ外で過ごし、2年秋の新チームから再び控えを務めていました。
初めてエースナンバーを背負ったのは今年の春からで、3年生の夏の予選で夏の大会デビューを果たした遅咲きのエースと言われています。
藤田琉生さんは中学時代の後半を2段モーションで投げており、今年2月に高校野球で2段モーションが解禁されたのがきっかけ見事にハマり、甲子園で大きく躍動しています。
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藤田琉生さんは、神奈川県大会で5球団13人のスカウトが視察に訪れたほど注目されているドラフト候補選手です。
藤田琉生さんは規格外の198㎝の長身と力強いピッチングスタイルで、プロ野球のスカウトたちの注目を集めています。
プロのスカウトからは次のようなコメントが寄せられています。
藤田琉生さんは、最速149キロのストレートや、カーブやチェンジアップなどの変化球の速さとキレで、打者を翻弄しています。
また、藤田琉生さんの2段モーションは、独特なリズムで相手のタイミングを狂わせる効果があります。
今後の成長に期待が集まる藤田琉生さんのキャリアは、まさにこれからが最も楽しみな時期と言えるでしょうね。