*アフィリエイト広告を利用しています。
パリ・パラリンピックの車いすラグビー日本代表の池崎大輔(いけざき・だいすけ)さん。
その池崎大輔さんはそのスピードと技術で「日本が誇るスピードスター」として知られ、日本代表のエースとしてパラリンピック2大会連続銅メダルを獲得しています。
そんな池崎大輔さんに妻や子供などプライベートが気になりますよね。
そこで今回の記事では、
・池崎大輔の障害
・池崎大輔がラグビー選手を目指した理由
の3つのポイントに沿って、車いすラグビーの池崎大輔さんについてご紹介したいと思います。
池崎大輔は妻や子供はいる!?
池崎大輔さんは結婚しており、妻と2人の子供がいることが分かっています。
しかし、妻については名前や年齢、馴れ初めも含め、具体的な情報は公に知らされていませんでした。
また、2人のお子さんに関しては、名前は「ななちゃん」と「はじめ君」の一男一女で、2歳離れているとのことです。
池崎大輔さんはプライベートをしっかり守っているようで、SNSでも妻やお子さんの顔画像なども公開していませんでした。
ただ、池崎大輔さんは家族との絆を大切にしていることで知られており、試合やトレーニングに合間には、家族と過ごす時間を優先しているそうです。
池崎大輔さんの妻と子供は、彼の競技生活を支える大きな存在となっています。
《広告の下にコンテンツが続きます》
池崎大輔の障害は事故で?
池崎大輔さんの障害は事故によるものではなく、難病の「シャルコー・マリー・トゥース病」が原因です。
シャルコー・マリー・トゥース病は、下腿と足の筋萎縮と感覚障害を特徴とし、進行すると上肢や手にも障害を生じる神経原性筋萎縮で、現在のところ遺伝子から治すような治療法は見つかっていません。
池崎大輔さんは1978年1月23日に北海道函館市に生まれ、6歳の時に指定難病のシャルコー・マリー・トゥース病と診断され、車いす生活を余儀なくされました。
しかし、幼い頃から体を動かすのが好きだった池崎大輔さんは、病気の進行に伴い運動から離れつつあった高校2年生の時に、初めてパラスポーツの花形である車いすバスケットボールに出会いました。
池崎大輔さんは「頑張れば日本代表として世界と戦うことができるかもしれない。」と大きな希望を胸に、パラスポーツの世界へ飛び込みました。
《広告の下にコンテンツが続きます》
池崎大輔がラグビー選手を目指した理由!
もともとは車いすバスケットボールをしていた池崎大輔さんですが、2008年に車いすラグビーに転向しています。
転向した理由は、腕の筋力が低下し思うようなプレーができなくなったからで、当時、池崎大輔さんはもどかしさを感じ手が悪いからと障害を理由に、競技から逃げるようになっていたそうです。
そんな池崎大輔さんに転機が訪れたのは30歳の時で、車いすラグビーチーム「北海道Big Dippers」からスカウトされたのをきっかけに、車いすラグビーに出会いました。
その時競技を体験した池崎大輔さんは「相手がすっ飛んだ瞬間、これだ!」と感じ、車いすラグビーに転向することを決意したそうです。
こうして車いすラグビーの世界に入った池崎大輔さんは、すぐに頭角を現し、世界屈指のスピードと瞬発力を武器に日本代表に選ばれ、リオ大会で銅メダル、2018年の世界大会では優勝とMVP獲得、東京大会でも銅メダルを獲得しています。
★同じ車いすラグビー日本代表の倉橋香衣さんに関する記事は、こちらをご覧ください。
いかがでしたでしょうか?
今後も益々の活躍が期待される池崎大輔さんを、引き続き注目していきたいと思います。