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日本野球界の「ミスター」と愛され続けた長嶋茂雄さん。
しかし、その輝かしいキャリアの裏側には、家族にまつわる様々な噂が囁かれてきました。
そこで今回の記事では、
・長嶋茂雄の子供
・長嶋茂雄と長男・一茂の絶縁理由
の3つのポイントに沿って、長嶋茂雄さんの家族の知られざる物語を紐解きながら、家族の絆に迫ってみたいと思います。
長嶋茂雄の妻の万引き癖と自殺説とは!?
妻・亜希子は元実業家

出典元:number.bunshun.jp
長嶋茂雄さんの妻は長嶋亜希子さん(旧姓・西村亜希子)です。
妻・亜希子さんは実業家として活動し、長嶋茂雄さんの個人事務所「オフィスエヌ」の代表取締役を務めていました。
長嶋茂雄さんと妻・亜希子さんの出会いは知人の紹介がきっかけで、当時、長嶋茂雄さんはスター選手として全国的に知られていましたが、亜希子さんは名家の令嬢であり、野球界とは無縁の一般の方でした。
1964年の東京オリンピックで、亜希子さんが国際オリンピック委員会の役員夫妻の世話役を務めており、その際に長嶋茂雄さんと対談する機会があったそうです。
この対談をきっかけに長嶋茂雄さんは亜希子さんの惹かれ、積極的にアプローチし、わずか40日後の1964年11月26日には婚約会見を開き、大きな話題となりました。
翌1965年に結婚し、亜希子さんは長嶋茂雄さんを支え続ける存在となりましたが、2007年に64歳で亡くなられています。
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妻・亜希子に万引き癖が!?

過去に、長嶋茂雄さんの妻・亜希子さんには、「学生時代から万引き癖があった」という話が流れたことがあります。
しかし、これは事実ではなく、アンチ長嶋派が広めた虚偽の情報だったとされています。
このような噂が広まった背景には、長嶋茂雄さんが監督を務めていた時期に、ジャイアンツの成績が振るわなかったシーズンがあり、その際に批判的な人々が、彼の家族にまで攻撃を向けたことがあったようです。
しかし、妻・亜希子さんは実業家としても活躍し、夫を支え続けた人物であり、万引きの常習犯だったという証拠は一切ありません。
妻・亜希子の死因は自殺?

長嶋茂雄さんの妻・亜希子さんの死因は「心不全」と公表されています。
しかし、一部では「自殺説」が囁かれたことがあり、その背景には、亜希子さんが長年膠原病を患い、人工透析を続けていたことや、晩年に宗教に傾倒していたという話があるようです。
また、彼女の葬儀が家族のみの密葬だったことも、「不自然だ」とする声があったそうですが、公式な発表では自殺ではなく病死とされています。
長嶋茂雄さんの妻・亜希子さんは、2007年9月17日に長男・一茂さん夫妻らと会食後、帰宅途中の車内で呼吸困難に陥りました。
すぐに病院へ緊急搬送されましたが、翌9月18日早朝に心不全で亡くなられたと報じられています。
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長嶋茂雄の子供は何人いるの?

出典元:jiji.com
長嶋茂雄さんの妻・亜希子さんの間には、4人の子供がいます。
・長女:長嶋有希さん(1967年生まれ・58歳)
・次女:長嶋三奈さん(1968年6月3日生まれ・57歳)
・次男:長嶋正興さん(1970年生まれ・55歳)
長男・長嶋一茂さん

長男の一茂さんは、元プロ野球選手であり、現在はタレントやスポーツキャスターとして活躍されています。
彼は父・茂雄さんの影響を受けて野球を始め、大学時代は東京六大学野球で活躍し、1987年のドラフトでヤクルトスワローズに1位指名されました。
しかし、プロ入り後は期待されたほど成績を残せず、1996年に引退し、引退後はタレントとしてテレビ出演を増やし、スポーツキャスターやコメンテーターとして活躍しています。
また、実業家としても活動し、過去にはバーの経営も携わっていましたが、最近閉店したことが報じられています。
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長女・長嶋有希さん
長女・有希さんについては、一般の方であるため公にされている情報は限られていますが、一部では重度の障害を持っているという噂が流れたことがあります。
彼女は幼少期から養護学校に通っていたという話があり、社会に出るための訓練として工場で働いていたという説もあります。
また、知的障がい者を支援する施設「ココファーム」にいるという情報もありますが、これらの情報は公式に確認されたものではなく、憶測の域を出ていません。
次女・長嶋三奈さん

出典元:ORICON
次女の三奈さんは、スポーツキャスターとして活躍しながら、父・長嶋茂雄さんの個人事務所「オフィスエヌ」の代表取締役社長を務める実業家でもあります。
彼女は、1991年にテレビ朝日に入社し、スポーツ局で記者として活動を始め、特に高校野球の取材に力を入れ、1998年から2013年までの15年間、『熱血甲子園』のメインキャスターを務めました。
また、2017年には、「全国高校野球選手権大会」の開幕試合で始球式を務めるなど、高校野球への深い愛情を示しています。
母・亜希子さんの死後、三奈さんは父の個人事務所の代表取締役社長に就任し、父の活動を支える役割を担って来ました。
彼女は2014年にテレビ朝日との契約を終了し、フリーのスポーツキャスターとして活動を続け、最近はメディア出演の機会は減っていますが、高校野球関連の特番などで姿を見せることがあります。
次女・三奈さんは、スポーツ報道の世界で確固たる地位を築きながら、家族の支えとしても重要な役割を果たしている人物ですね。
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次男:長嶋正興さん

次男の長嶋正興(まさおき)さんは、元レーシングドライバーであり、現在は環境管理士として活動しています。
正興さんは、1992年にレース活動を開始し、ホンダ・シビックのワンメイクレースからキャリアをスタートさせ、その後、フォーミュラ・トヨタや全日本F3選手権、全日本GT選手権などに参戦し、数々の優勝を飾りました。
特に、2001年の全日本GT選手権第6戦では、松田晃司選手と組んでGT300クラス優勝を果たし、大きな注目を集め、また、2003年にはスーパー耐久クラス3シリーズチャンピオンに輝くなど、国内外で活躍しました。
2008年以降、正興さんは環境分野に活動の場を移し、環境管理士の資格を取得して、現在は、環境保護や持続可能な社会づくりに関する仕事に従事しているとのことです。
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長嶋茂雄と一茂の絶縁理由の真相!

長嶋茂雄さんと長男・一茂さんの絶縁は、2009年頃から始まったとされ、特に、母・亜希子さんが亡くなった後、家族間の資産管理や商標権をめぐる対立が表面化し、関係が悪化していったようです。
2人の絶縁にはいくつかの要因が絡んでいるとされ、特に以下の3つの問題が関係悪化の大きな要因となったようです。
絶縁理由①:家族の資産・記念品の無断売却問題
2009年、一茂さんが長嶋家の記念品を無断で売却したことが報じられました。
売却された品には、長嶋茂雄さんの現役時代のトロフィーや、1959年の展覧試合の記念写真など、家族にとって非常に価値のあるものが含まれていたとされています。
この件に対し、妹の三奈さんは「窃盗罪だ」と激しく非難し、家族間の対立が深まるきっかけとなりました。
絶縁理由②:肖像権・商標権を巡る争い
長嶋茂雄さんの商標権の管理をめぐる対立も、絶縁の大きな要因の1つです。
2008年に「オフィスエヌ」が所有していた商標権の期限が切れた後、一茂さんの会社「ナガシマ企画」が商標登録を出願しており、これに対して三奈さんが猛抗議し、法的な争いに発展しました。
最終的に商標権は「オフィスエヌ」に戻されましたが、この件が家族間の亀裂を決定的なものにしたとされています。
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絶縁理由③:家庭内の価値観の違い
一茂さんは「もともと長嶋家は家族がバラバラだった」と証言しており、家族間の一体感が希薄だったことを示唆しています。
母・亜希子さんの死後、叔母(亜希子さんの妹)が茂雄さんの世話をするようになり、その影響で家族関係がさらに複雑化したとも言われています。
また、一茂さんの結婚や妻との関係についても、家庭内で反対意見があったことが報じられています。
【現在の関係】
一茂さんは「父ともう15年以上会っていない」と語っており、最近まで音信不通の状態が続いていると報じられています。
また、「生きているうちに父と会うことは、もう二度とないだろう」とも発言しており、関係修復の兆しは見えない様子でした。
しかし、彼は「父を嫌いになったわけではない」とも述べており、心の中では父・長嶋茂雄さんを尊敬し続けているようです。
★長男・一茂さんの家族に関する記事はこちらをご覧ください。
★「ON砲」として長年にわたり深い友情を育んだ、王貞治さんに関する記事はこちらをご覧ください。
いかがでしたでしょうか?
長嶋茂雄さんのご冥福をお祈り申し上げます。