知床遊覧船の豊田船長の経歴は?家族は妻と子供!?フェイスブックが判明!

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知床半島沖で消息を絶った遊覧船『KAZUⅠ』の、船長を務めていた豊田徳幸(とよだ・のりゆき)さん(54歳)。

豊田徳幸さんは、5月3日現在、行方は未だに分かっていません。

豊田徳幸さんは操舵経験が1年ほどで船長を任され、荒れることの多い海での船を操舵した経験は殆んど無かったそうです。

そんな豊田徳幸さんはどんな経歴なのか、気になる人も多いと思います。

そこで今回の記事では、

・知床遊覧船の豊田船長の経歴
・知床遊覧船の豊田船長の家族
・知床遊覧船の豊田船長のフェイスブック

の3つのポイントに沿って、知床遊覧船の豊田船長について、ご紹介したいと思います。

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知床遊覧船の豊田船長の経歴は?


出典元:Yahooニュース

観光船『KAZU Ⅰ』の船長を務めていたのは、豊田徳幸さんです。

豊田徳幸さんは、埼玉県蕨市出身、1967年5月27日生まれの現在54歳です。

豊田徳幸さんは埼玉県の蕨市立蕨第二中学校を卒業後、1983年4月に埼玉県立吉川高等学校(現・吉川美南高等学校)へ進学しますが、1985年3月に中退しています。 

豊田徳幸さんは、2012年頃から2年間ほど、飲食店でデリバリーの仕事をしおり、豊田徳幸さんの知人は「会社のルールを守り、真面目に働く人物だった」と話しています。

その間に船の免許を取って、転職しています。

豊田徳幸さんは2013年5月から2018年7月までは、日本水陸両用車協会に務めており、日光・埼玉・長崎で水陸両用車バスのドライバーをしていました。


出典元:長崎放送
水陸両用車のドライバー当時の豊田徳幸さん

その当時を知る関係者は、「3人いたドラーバーの中でもリーダー的な役割で、点検や操舵などを他の2人に指導していて、立派なひとだった。無茶をするような人ではなかった。」と話しています。

そして、豊田徳幸さんは知床遊覧船に入社する前の、2018年8月から2020年6月までは、長崎で貸し切りバス専業の『ワールド・キャビン』の貸切乗務員をしていました。

豊田徳幸さんが「知床遊覧船」に入社したのは2020年8月頃で、元同僚によると「いい人で、テキパキしているし、操舵も上手いよ」ということでした。

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そして、2021年3月にベテラン船長が解雇となり、甲板員になってわずか3カ月の豊田徳幸さんが、船長を任されています。

解雇されたベテラン船長は、「突然の解雇だったため、ろくに引継ぎができなかった。船の操舵や機器の使い方を説明したことはありますが、僕がかつて教わったような、つきっきりで指導したわけではない。」と話しています。

2021年6月に豊田徳幸さんは座礁事故を起こし、業務上過失往来危険の容疑で書類送検されています。

操舵技術がまだ未熟だった豊田徳幸さんには、目まぐるしく天候が変わる知床の海では、対応できなかった可能性があると指摘されています。

豊田徳幸さんは自身のフェイスブックで、「ブラック企業で右往左往です」という、書き込みをしていました。

2022年4月23日午前10頃、観光船『KAZU Ⅰ』は、ウトロの漁港を出発。

午後1時18分に『KAZU Ⅰ』の乗員が118番通報で「エンジンが止まっている。自力で航行できない。動けない」と伝え、「船が30℃ほど傾いている」と連絡を最後に消息を絶ちました。

名前:豊田 徳幸(とよだ・のりゆき)
出身地:埼玉県蕨市
生年月日:1967年5月27日(54歳)
最終学歴:埼玉県立吉川高等学校(中退)

知床遊覧船の豊田船長の家族は妻と子供!?

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豊田徳幸さんは埼玉県出身ですが、北海道知床には2020年8月頃から、単身で赴任していたそうです。

そして、文春オンラインの情報によりますと妻子がおり、妻と子供は埼玉に残っていたようです。

豊田徳幸さんの妻や子供の名前や画像などは、公開されていませんでした。

ところが、豊田徳幸さんの妻子が暮す自宅に、テレビや新聞など多数のマスコミ記者が訪れてしまい、それにつられて野次馬まで集まっています。

中には豊田さん宅の玄関ドアを蹴飛ばしたり罵声を浴びせる人もいたそうで、『船長家族に責任の矛先向かう異常さ』として、報じられています。

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知床遊覧船の豊田船長のフェイスブックが判明!


出典元:Facebook@豊田徳幸

事故発生直後は豊田徳幸さんのフェイスブックは、投稿や会話などが閲覧できていたようですが、現在は、画像は真っ黒で投稿内容も削除されてしまっています。

削除される前の投稿には、豊田徳幸さんの友人が、

豊田さん、人相変わってきた?北海道の仕事大丈夫ですか?

と心配するコメントをしており、それに対して豊田徳幸さんは、

 

ブラック企業で、右往左往です。

と返事しています。

このやり取りは事故発生の3週間ほど前なので、「ブラック企業」といわれるのが、運営会社の「知床遊覧船」であるのは、間違いないですね。

運航会社「知床遊覧船」の船長は豊田徳幸さんの1人だけで、他のスタッフも少なく、1隻だけでもギリギリの体制だったのに、2隻目の『KAZU Ⅲ』まで臨時の船長を雇ってまで出港させる会社です。

しかも、その状況を豊田徳幸さんには伝えていなかったようです。

豊田徳幸さんは、船の仕事以外にも除雪とか、毎日のオイル交換とか色々任されてたそうで、元従業員は「多分、あの人の中では、頭パンパンだったと思う。パニくってたことは間違いない」と証言しています。

元従業員のその人は、事故当日も「これから時化るからな」と声をかけ、同業者からも「23日はダメだぞ!」と言ってたそうです。

しかし、「本人はやることが沢山あって、もう、頭に入ってなかったかもしれない。」と話しています。

海の経験不足、ブラック企業、人手不足、起こるべきして起こった事故ではないでしょうか。

★桂田精一社長の経歴に関する記事は、こちらをご覧下さい。

★桂田精一社長の嫁に関する記事は、こちらをご覧下さい。

★桂田精一社長の父親に関する記事は、こちらをご覧下さい。

いかがでしたでしょうか?

今後も続報が気になる知床遊覧船の事故について、引き続き注目していきたいと思います。